本部隊 豪雨被害の千葉県へ出動 – ルポ 災救隊第1次隊「令和8年8月千葉豪雨」
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既報の通り、災害救援ひのきしん隊(=災救隊、冨松基成本部長)の本部隊第1次隊が「令和8年8月千葉豪雨」の被災地へ出動した。
8月13日から14日未明にかけて千葉県内で「線状降水帯」が発生し、千葉市中央区などで観測史上1位の記録的豪雨を観測。「レベル5大雨特別警報」が複数の市町村に発表されるなか、土砂崩れや河川の氾濫が相次ぎ、4,000棟を超える住宅が床上・床下浸水するなど甚大な災害に見舞われた。
また都市部では、局地的に大雨が降った影響で排水能力を超える量の水が市街地へ流れ込み、河川周辺はもとより広範囲で幹線道路が冠水。多数の車両が水没して動かせなくなり、道路上に取り残された。
この「令和8年8月千葉豪雨」を受け、災救隊千葉教区隊(峯﨑淳一隊長)は8月14日、峯﨑隊長(60歳・小金分教会長)と石﨑安善・千葉教区災害対策委員長(館山分教会長)らが被災地域を視察。初動の救援活動として、15日から18日にかけて被災した教会の復旧支援に努めた。
こうしたなか、天理教災害対策委員会(山本道朗委員長)は、千葉教区の要請を受け、29日から31日にかけて、本部隊をはじめ千葉、東京、埼玉、神奈川、茨城の各教区隊から成る第1次隊の出動を決定。隊員延べ250人が、特に被害の大きかった市原市に駆けつけた。
対応困難な現場に入り 復旧活動に力尽くして
千葉県内の広い範囲で甚大な水害をもたらした「令和8年8月千葉豪雨」。住宅被害のほか多数の車両被害が発生したものの、2週間が経った現在、市街地では被災車両が順次撤去され、多くの幹線道路で通行が再開されている。
水害発生前の生活が戻りつつある一方、市原市の山間部へ進むと、崩れ落ちた崖、河川が氾濫した影響で捻じ曲がったカーブミラー、道路の側溝に堆積した汚泥などの“爪痕”が残されている。
8月29日午前8時半、活動拠点となった千葉教務支庁に本部隊をはじめ千葉教区隊(峯﨑淳一隊長)、東京教区隊(小西祥治隊長)、埼玉教区隊(坂口祥彦隊長)、神奈川教区隊(中澤薫人隊長)、茨城教区隊(大竹清彦隊長)の各教区隊から成る第1次隊の隊員が集合。結隊式を行った。
本部隊第1次隊の出動に際しては、常時から千葉教区隊と密接に連携し、このたびの豪雨では市原市社会福祉協議会と協力して被災現場の復旧活動に当たっている災害中間支援組織から応援要請を受け、一般ボランティアでは対応困難な現場を任せられることになった。
土砂崩れが発生した地域で
この日は朝から断続的に雨が降り続ける。第1次隊の隊員たちは、車で山間部に位置する市原市高田の被災民家へ向かった。
記者が現場に到着して、まず目に入ってきたのは、土台だけを残し、根元から跡形もなく消失していた太陽光発電の設備。約50メートル離れた場所に放置されたソーラーパネル部分の残骸から、被害の深刻さが窺える。
現場の一つ、70代夫婦が暮らす民家では、裏手の山で土砂崩れが発生。大量の土砂や倒木が屋根の高さまで積み重なり、太い木が屋根にもたれかかっている。また、庭にも大量の土砂が堆積したままだ。
住人の女性によると、8月13日の夜中、就寝中に突然「ドンッ」という音がして、裏手を確認すると、倒木と土砂が押し寄せて窓が開かなくなっており、泥水が屋内に流入してきたという。「突然のことに、どうしたらいいか分からず、とにかく夜が明けるまで家に入ってくる泥水を外へ運び出していた。いまもあのときのことを思い出すと、体の震えが止まらない」と振り返る。
現場に入った東京、埼玉、神奈川の3教区隊は、それぞれの持ち場に分かれ、一斉に作業を開始。雨の影響で足場がぬかるむなか、東京教区隊の隊員たちは泥まみれになって使えなくなった家財道具などを手際よく屋外へ搬出。神奈川教区隊の隊員たちは庭に流入した土砂を土嚢に詰め、その土嚢を、豪雨の影響で通路の側面が崩落した箇所に応急処置として積み上げた。また、埼玉教区隊の隊員たちは家屋の周りにもたれかかったままの数十本に上る倒木を、チェーンソーや重機を駆使して撤去しながら、リレー形式で軽トラックに積み込み、集積場まで運搬した。
この間、倒木が撤去されて裏手の状況が明らかになるたび、本部隊のスタッフがその状況と作業手法を住人に報告する。


(8月29日、千葉県市原市で)
お昼ごろ、現場を取材していた記者に、住人の女性自ら「ありがとうね」と声をかけ、胸の内を明かしてくれた。
「私自身、この2年間で3度の骨折を経験しており、満身創痍の状態だった。そんななか、隊員の皆さんが、半ば諦めかけていた大量の土砂や倒木を、嫌な顔一つせず運び出してくださった。ここまできれいにしていただけるとは思っておらず、ただただ感謝の思いしかない」
一方、千葉教区隊と茨城教区隊が駆けつけた80代女性が住む民家でも、土砂崩れの影響で家屋の周囲に大量の倒木と土砂が堆積していた。隊員たちは、汚泥をスコップで土嚢に詰めて運び出したほか、家屋周辺に積み重なる倒木を電動ノコギリなどで丁寧に切断。地面がぬかるみ、倒木の撤去・搬出が進めにくい現場状況にもかかわらず、隊員たちの作業スピードは落ちるどころか次第に上がっていく。


「60年住んできて、こんな被害は初めて」と話す家主の女性は、隊員の迅速な作業に少し驚いた表情を見せながら「隊員さんのチームワークと手際の良さを見て、『この人たちは、現場を知り尽くしている人たちだ』と感じ、安心して任せることができた。危険な作業を担っていただき、感謝してもしきれない」と頭を下げた。
千葉教区隊の峯﨑隊長は「いまも不安な中で生活されている方々に少しでも安心していただけるよう、隊員間で積極的にコミュニケーションを取り、相手の心に寄り添う姿勢でひのきしんに取り組むことを申し合わせた。そうした中で、被災者の方に喜んでいただけたことが何よりうれしく、こちらが元気をもらった」と話す。
翌30日以降も引き続き、市原市や四街道市内の民家で土砂・倒木の撤去や災害廃棄物の搬出に従事した隊員たち。第1次隊は29日から31日までの3日間で、延べ250人が出動し、5軒の現場で土砂の搬出などに力を尽くした。集積場などに運搬した土砂や倒木、災害廃棄物は計72トンに上った。
第1次隊隊長の田邊幹善・災救隊副本部長(52歳)は「2次被害の発生も想定しながらの作業となるなか、訓練や過去の出動現場で得た知見を生かし、迅速かつ丁寧に復旧活動に当たることができた。現在、全国各地で豪雨が相次いでおり、いつ、どこで災害が発生してもおかしくない状況下で、迅速に被災地へ駆けつけられるよう、被災地に常に心をつなぎながら、引き続き出動態勢の整備に万全を期していきたい」と語った。
(9月1日記)
文=久保加津真
写真=茶谷堅
「令和8年8月千葉豪雨」被災地における災救隊本部隊の活動の様子がご覧になれます。





