「何事も結構」の姿勢を世界へ – 視点
2026・2/25号を見る
【AI音声対象記事】
スタンダードプランで視聴できます。
2003年、時の小泉純一郎首相が観光を国の重要な政策の柱として位置づける「観光立国宣言」を表明してから20年余り。観光庁の統計によると、令和7年の訪日外国人旅行者数は、昨年より500万人以上多い4268万人だった。訪日外国人旅行消費額は9兆4559億円と推計され、ともに過去最高となる値を記録した。
数字が好調ぶりを示す一方で、観光地からはため息も聞こえてくる。交通機関の渋滞・混雑、ごみ投棄、騒音、景観の毀損など、地元住民はいま深刻なオーバーツーリズムに頭を悩ませている。
某人気漫画の聖地とされ、海外からも大勢のファンが訪れる鎌倉市内の駅では昨年、汚損や破壊が相次いだためトイレが閉鎖された。周辺に公衆トイレが見当たらないためか、一部の観光客による迷惑行為が発生するようになり、住民から苦情が上がっていると複数のメディアが報じている。一見、マナーの問題として映るが、見方を変えれば、受け入れ態勢が需要に追いついていない現状の表れでもある。根気よく啓発を促す取り組みとともに、地域の実情に即した対策が早急に求められる。
話は変わるが、昨年ネット上に上がった、ある実業家によるコラムを紹介したい。道すがら立ち寄った天理市内のコンビニのトイレの清潔さに驚いたというものだ。その中で、「ひのきしん」の教えにふれたうえで、天理教信者にとってトイレ掃除は業務ではなく当たり前の行為として根づいており、市全体にそうした精神が浸透しているのではと綴られていた(「Forbes JAPAN」電子版)。聞けば、執筆者は教外の方だという。励ましの言葉をもらうと同時に、襟を正す思いを新たにした。
明治17年、奈良監獄署へ御苦労くだされた教祖は、同じく入牢拘禁され獄吏から便所掃除を命じられた先人に対して、「どんな辛い事や嫌な事でも、結構と思うてすれば、天に届く理、神様受け取り下さる理は、結構に変えて下さる。なれども、えらい仕事、しんどい仕事を何んぼしても、ああ辛いなあ、ああ嫌やなあ、と、不足々々でしては、天に届く理は不足になるのやで」(『稿本天理教教祖伝逸話篇』144「天に届く理」)と諭された。海外が日常の延長にある時代、願わくは結果としての美観だけでなく、「何事も結構」と勤しむ姿勢こそ世界へ映していきたい。
(春野)








