「なるほどの人」のバックボーン – 視点
2025・3/26号を見る
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先日、高校3年生の森井翔太郎さんが米大リーグ・アスレチックスとマイナー契約を結んだことが報じられた。森井選手は高校通算45本塁打を放ち、投げては最速153キロと、いわゆる投打「二刀流」の選手で、さらには偏差値70以上の有名進学校の在校生ということで、まさに文武両道のスーパー高校生として注目を集めた。
テレビ番組を見ていると、多くのコメンテーターが「どのように育てれば、こんな子に育つのか?」という疑問を口にし、実際に母親が子育てについてのインタビューを受けていた。
最近では、ドジャースで活躍する大谷翔平選手やNBAの河村勇輝選手の活躍や振る舞いが何かと話題になる。そうした実力と人格を兼ね備えた素晴らしい若者を見ると、「どうやったら、こんな子に育つのか?」と、そのバックボーンが知りたくなるのはテレビのコメンテーターだけではないはずだ。
ところで、「おかきさげ」に「日々という常という、日々常に誠一つという。誠の心と言えば、一寸には弱いように皆思うなれど、誠より堅き長きものは無い。(中略)それ世界成程という、成程の者成程の人というは、常に誠一つの理で自由という」とお示しいただく。
私たちようぼくは、「なるほどの人」に成人することが求められる。日々を誠の心で暮らすこと。具体的には「朝起き・正直・働き」の三つの教えを日々心に置いて、実践して通ること。それでこそ、当たり前の日々の営みの中に感謝と慎みの心が生まれ、人をたすける誠の心が醸成されていくのだと思う。
そうした日々の積み重ねによって、いつしかお道の人らしい良いにをいが漂うようになり、社会に良い意味での“異彩”を放つようになるだろう。そのお道のにをいにふれた人は、きっとそのバックボーンが知りたくなるはずだ。そして、いつの日か、「ああ、なるほど。あなたも天理教なんですね。道理でほかの人とは違うはずだ」と言われる日が来ることを願ってやまない。
(清水)








