新年度 決意と信念の棒貫いて – 視点
2025・4/9号を見る
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新年度がスタートした。それは学生であれば進級、進学、また新社会人への門出であり、組織では人事を一新し、新体制のスタートである。年度とは特定の目的のために規定された一年の区切り方であるから、年度が替われば学校や企業では旧年度とは顔ぶれや体制などが一斉に変わることになる。
変えてはならないものと変えなければならないものを「不易流行」という。これは松尾芭蕉が俳句の精神として取り上げた言葉である。どちらが大事かということではない。不変と変化、その根は一つ。不変であるには変化が必要であり、変化するには不変を忘れてはならない。芭蕉が不易流行を心としたのは、時代を経ても色褪せぬ俳句を作りたいがためであった。
高浜虚子の代表作の一つに「去年今年貫く棒の如きもの」という俳句がある。意味は「過去、現在、未来と時は流れていくが、私には一本の棒のように貫くべき肝心なものがある」ということだろう。当時この句を見た川端康成は「禅の一喝に遇ったようだ」と激賞したという。そう考えれば「年が明けたら本来の大切なものを捨てるのか」と一喝されたようにも感じる。「貫く棒」とは、いかなる中も自らの姿勢を崩さない決意と信念を示しているともいえる。
作家の幸田文は随筆『些細なつらぬき』で、身近で小さなことでいいから生涯を通して貫くことの大事さを書いた。それは「鏡台前を散らかさない、バカねという言葉は決して言わないなど些細なことでいい」という。文が14、15歳から生涯守り続けたのは「ふきんをきたなくしておかないこと」だった。原稿用紙にして1枚半にも満たない随筆だが、努力を重ねた末に到達した静かな境地のようなものを感じさせる。
新年度で、それぞれの顔ぶれや立場は変わる。しかし年度は替わっても、いまは教祖140年祭へ向かう三年千日の3年目。「心変わらんのが定めやで」(おさしづ明治22年1月23日)との如く、決意と信念の棒を去年今年と貫き、成人の歩みを進めて教祖年祭のその日を迎えたい。
(加藤)