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どんなときもそばに教祖が – 三年千日 教祖と私


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中瀬古陽子(川俣分教会長夫人・49歳・三重県松阪市)

私は、家族皆で教会の月次祭に参拝する信仰家庭に育ち、教祖百二十年祭の年に嫁いできました。

ほどなく実家の母に勧められ、パンフレット配りを始めると、歩いた後は、いつも清々しく心が元気になりました。その気持ちを信者さんにも味わっていただきたいと思いつつ言い出せずにいると、大教会の婦人会総会で、婦人会長様から、にをいがけ・おたすけが日々の御用になってもらいたいとお言葉がありました。そして信者さんのほうからパンフレットを配ろうと声が上がり、毎月歩かせてもらうようになりました。訪ねたお宅の方は、一緒に歩く子供たちと話して喜ばれ、お菓子を下さることもあります。配り終わると、皆さんの顔も明るく、一段と話が弾みます。教祖がお喜びくださり、皆が勇むよう一緒に歩いてくださっているのだと思います。

今回の年祭活動では、教会に来ておられない信者さんや信仰のない友人数人に手紙を書いています。お返事のない方もいますが、いつか教会に参拝してもらえる日が来ればと続けています。というのも、この三年千日には家族にも信者さんにも大きな節をお見せいただき、喜べなくて笑顔が消える日もありました。そんなとき、教祖は出会いを与えてくださいました。「家族がもっと陽気ぐらしできるように、お見せいただいているのよ」「この経験は遠回りでなく、これからです」と温かい言葉も掛けていただき、多くの方のおかげで、喜べる今があります。手紙を送っている方も、信仰につながることでどんなときも深い親心を感じて喜んでもらえると信じています。

こうして教祖を感じられるのは、どんな日も信仰を続けてきてくれた親々のおかげです。今年5月5日には、わが子だけでなく人の子も丹精させていただこうと両親が始めて、部内教会も地域の方も毎年参加してくださる「各会合同おつとめまなび総会」が第50回を迎えます。実家の家族は月次祭参拝を毎月続け、母は私が嫁いで以来ずっと神名流しを続けています。

私も、親のように「続ける」ことを大切に、どんなときもそばにいてくださる教祖にお喜びいただけるよう、つとめさせていただきたいと思います。