天理時報オンライン

教会の姿こそ、にをいがけ


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小林智治(本川西分教会長・63歳・長野県佐久市)

昨年の秋季大祭で、真柱様のお姿を間近に拝しながら拝聴した「諭達第四号」は、私の心にグサッと突き刺さりました。

教会へ戻る道中、この三年千日、真柱様のお心にお応えするにはどう通ればよいかを思案しました。そして最終的に、「教会は何のためにあるのか」「教会長は何をするべきなのか」に行き着き、以下の三つを心定めとしました。

一、子供の登校の見守りに立つ

地域の小学校4校が統合され、子供たちが交通量の多い道路を横断するようになったので、見守りに立つことにしました。些細なことですが、地域の方はよく見ていてくださり、「天理教の小林さん」と親しみを込めて呼んでくださるようになりました。この活動により、知り合いの子供が教会に遊びにくるなど、多くの芽が吹いてきました。にをいがけのベースになっていると感じています。

一、教会報を多くの方に

前会長の「遠くの信者さんに教会の声をお届けしたい」との思いから、教会報を発行しています。『天理いきいき通信』と、上級教会が製作しているにをいがけチラシを挟み、信者さんはもちろん、町中にポスティング。また知人、友人にはSNSで送り、さらに多くの人に読んでもらおうと努めています。

数年前、地域のご婦人が教会に来られ、「母の介護に疲れて、もう二人で死んじゃおうかなと思ったとき、教会から届いたお便りを読んで、いまも生きています」と、笑いながらお話しになりました。感激しました。教会報を楽しみに待っていてくださる方、会話する方も増えています。

一、受けている役を、心を込めてつとめる

当たり前のことであり、しっかりつとめているつもりでしたが、心定めをしてからは、受けている役は変わらないのに急に忙しくなりました。これまではつとめ方が不十分だったと反省しています。

以上、定めた三つはこれまでも心がけてはいましたが、心定めとして強く意識するようになってから、新たな気づきが多くなり、全く違う手応えを感じています。

また、心定めを守って通ることはもちろんですが、教会の姿こそがにをいがけであり、教会はおぢばへの道しるべであることを忘れぬように心がけ、三年千日、教会家族みんなで、陽気に楽しんで歩んでいきたいと思っています。