寿命と睡眠 – 世相の奥
2024・7/24号を見る
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日本人は、ねむる力が弱いという。国際的にくらべれば、睡眠時間は短いほうだと、言われている。この点については、統計的な各国比較のデータも、見せてもらったことがある。たしかに、世界の中では、夜ふかしがすぎるようである。
睡眠時間の長さは健康にかかわるという話も、しばしば聞かされる。ねむれる人は、じょうぶな体をたもちやすい。精神の安定も得やすくなる。しかし、ねられない人は心身の不調におちいりがちだとされている。
にもかかわらず、と言うべきだろう。日本は世界に冠たる長寿国である。平均死亡年齢は、かなり高い。とりわけ女性は、ながらく世界一の長命をほこってきた。
あまり睡眠のとれていない日本人が、けっこう寿命にはめぐまれている。この事実は、すこやかさが睡眠時間に左右されるという説を、うらぎっている。日本人は、どうやら民族をあげて、健康に関する医学の常識を否定しているらしい。われわれは、このことをどううけとめたらいいのだろうか。
睡眠が健康体をもたらすという説を、うたがってかかる人もおられよう。しかし、私はそこまでふみこまない。日本人は睡眠時間が短いという統計のほうを、ここでは考えなおしてみることにする。
ああいうデータは、けっきょくのところアンケート調査から抽出されている。「あなたは、一日のうち何時間ぐらいねていますか」「あなたの平均睡眠時間を記入してください」。そんな質問への回答からわりだされた数字なのである。自己申告にもとづくデータでしかないと言ってもよい。
われわれは、よくすわった状態でねてしまう。いわゆる居眠りにおちいることが、ままある。会議の最中に、うっかりそうなってしまうことも、ないではない。家庭でも、就寝前の転寝は日常的な光景である。そして、おそらくアンケートの応答には、その時間がふくまれない。居眠りや転寝は埒外の状態として、統計からはぶかれてしまう。
通勤中の電車でうとうとしてしまう民族は、あまりない。会議での居眠りが大目に見られる国も、少なかろう。日本ならではの現象だと思う。そして、その日本的な仮眠時間が統計には、いかされてこなかった。こう考えれば睡眠と寿命の矛盾も、いくらかは解消されようか。
井上章一・国際日本文化研究センター所長