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相手に声が届かないときは… – こころに吹く風の記


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今日は恥を忍んで、最近、実際にやってしまった大ポカの話をします。

スマートフォンの調子が悪くなったのです。通話中、こちらの声が届かないことが、しばしば起こるようになりました。普通に話していても、相手が突然「もしもーし! あれ? もしもーし!」と言うのです。こちらは「はーい! 聞こえてますよー、もしもーし!」と返すのですが、その声は届かず、「あれ? あれ?」と繰り返すうちに切れる。そういうことが多くなり、日常生活に支障が出るようになりました。安心して連絡が取れないのです。

「やはり機械類は故障がつきものだな」

携帯ショップで見てもらうことにしましたが、どの日も満員で、やっと1週間後の予約が取れました。皆さんも経験がおありでしょう。高いお金を払って買ったスマートフォンが故障し、長く待たされて携帯ショップへ行ったわけです。こういうときの客は、たいがい機嫌が悪いものです。文句の一つも言ってやろう、という気分になります。

ショップの店員さんに症状を話すと、私のスマートフォンを見るなり、こう言いました。

「私が電話をかけますから、出てくださいますか」

私は、同年代のなかでは機械に強く、少々の自信もありましたので、(この店員、オレの言うことを信用してないな)と、ますます気分が悪くなりました。そして「いいですよ」と、いささかぶっきらぼうに、鳴っている電話を取りました。

そのときです。店員さんは私を見て「あー」とうなずくと、意外な言葉を発したのです。

「そのままこちらをお向きください……なるほど」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていると、「お客さまの癖ですね。左手の小指の下になっているところに小さな穴があるのですが、そこがこの機種のマイクロフォンになります。そこを塞いでしまうと、こちらの声は先方の方に聞こえません」「えっ」と驚いて左手の小指を見ると、なんとマイクの穴にかかっていました。

しかし、そこは負けず嫌いの私です。

「でも、おかしいじゃないですか。このスマホは使い始めてもう1年以上経っています。症状が現れるようになったのは、このひと月くらいなんです」

店員さんは、ちょっと小首をかしげて、

「そうですね。もしかしたら、1カ月前にケースを外されませんでしたか?」

なんと、見てきたようなことを言うではありませんか。確かに1カ月前、スマートフォンが熱くなって熱暴走するので、ケースを外したのでした。

「ケースなしでお使いの方に多い現象なんです」

さすがはプロです。

「でも、それだけが原因ではないかもしれませんから、今度そうなったら、再起動するなどして様子を見てください。直らなかったときは、また、いつでもお越しください」

優しい店員さんは、そう言ってニコニコと笑ってくれました。私は、恥ずかしいやら情けないやらで、肩を落としていて、ほうほうの体でショップをあとにしたのでした。

絵・おけむらはるえ

帰りながら考えました。私たちは日ごろ、こちらの声が届かないのを相手のせいにしたり、環境のせいにしたりすることはないだろうか。

私も子育ての最中に、よく「何十回同じことを言わせるんだ」という怒り方をしました。でも、そういうときは「伝え方が間違っていないだろうか」と、もう一度考え直してみる必要があるのかもしれません。もしかしたら、子供と通話するマイクに蓋をしているのは、こちらの心かもしれないのです。

子供が同じことを繰り返すのは、「その伝え方では何も伝わらないよ」という、はっきりとした返事を、態度として表しているのかもしれませんよね。

そういう場合は、伝え方を変えてみるべきなんだな。しかも、「ちょっと小指をずらすだけ」くらいのことでいいのかもしれないな。

そんなことを考えているうちに、私の恥ずかしい体験も、まんざら役に立たないこともなかったと、少し気が晴れてきたのでした。


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