変わらぬ味と信仰を受け継ぎ 中華そば「陽気」店主 原 裕美さん
2024・9/25号を見る
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瀬戸内海に面した広島市江波地区にある、中華そば「陽気」本店。創業66年の老舗ラーメン店には、常連客をはじめ多くのラーメンファンが訪れる。
メニューは「中華そば」一品のみ。シンプルに盛り付けられた一杯は、豚骨と鶏ガラ、野菜を煮込んだスープに特製醤油だれを合わせた、素朴で飽きのこない味が特長だ。いまでは、ご当地ラーメンとして商品化されるなど、地元を中心に根強い人気がある。
本店は、原裕美さん(62歳・芦品分教会芦方布教所長・広島市)が、娘夫婦と切り盛りをする。夫の勤さん(故人)との結婚以来、変わらぬ味とともに、この道の信仰を受け継いできた。
現在、県内にある四つの支店は、いずれも裕美さんの家族と親類縁者が経営している。布教所の月次祭のほか、所属教会の月次祭とその前日、本部月次祭の日は定休日になっている。
一杯に思いを込めて
中華そば「陽気」の誕生は昭和33年。義父の宏之さんが、10年間住み込んだ所属教会の普請に尽くそうと広島市内へ働きに出るなか、教友が営む同名のラーメン屋台を偶然見つけ、暖簾を譲り受けたことに始まる。以来、妻・コトさんと共に二人三脚で店を営んできた。
信者家庭に生まれた裕美さんは20歳のとき、宏之さんの長男・勤さんと結婚。「両親は、私を温かく迎えてくれました。義父は信仰一筋で、休憩時間になるとエプロンからスーツに着替えて、にをいがけに出るような人でした」と、当時を振り返る。
店内では、裕美さんが代わる代わる、常連客との会話に花を咲かせる。接客の秘訣を聞くと、「おばあちゃん(コトさん)が、そうでしたから」とニッコリ。”まんまる笑顔”がトレードマークだったコトさん。「おそばをおいしく食べて、喜んで帰ってもらいたい」「私たちにとっては毎日のことでも、お客さまにとっては、このときにしかない一杯だから、思いを込めて作りなさい」と常々語っていたという。
20年前、勤さんが店を継いだ。裕美さんいわく「とにかく親に喜んでもらいたいという思いの強い人でした」。
ところが13年前、勤さんが突然の体調不良に見舞われ、受診の結果、「肝臓がん」発覚。ステージⅣと診断された。入院中は「成ってくるのが天の理。これも神様の思召だから、喜んで通ってほしい」と言い、見舞いに来た人とは笑顔で写真を撮り、「最高の人生だった」と語っていたという。
その後、勤さんは55歳の若さで出直した。前年に宏之さんが出直したばかりだった。
家族は悲嘆に暮れたが、この大節を乗り越えることができたのは「お店と信仰があったから」と裕美さんは振り返る。親族の協力もあり、伝統のスープは次の代につなぐことができた。その3年後、裕美さんへのバトンタッチを見届けて、コトさんも静かに逝った。
「正直、いまも『なぜ夫が出直さなければならなかったのか』と思うことがあります。それでも前を向けるのは、親神様は先の先まで見据えて節をお見せくださったと信じるからです」
時折、涙をにじませながらも気丈に語る裕美さん。創業以来の変わらぬ味は、代々の”陽気”な信仰とともに受け継がれている。