“安心感”が最高のおもてなし 旅館の満足度ランク第2位に 湯平温泉「旅館 山城屋」を営む 二宮謙児さん・博美さん – ようぼく百花
2024・12/18号を見る
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大分県由布市湯布院町にある「湯平温泉」。山奥の渓谷に位置する温泉街に、多くの外国人観光客が連日押し寄せる「旅館 山城屋」がある。創業52年の老舗旅館の代表を務める二宮謙児さん(63歳・阿蘇野分教会ようぼく)と女将の博美さん(56歳・同)は、利用客が減少傾向にあった旅館経営を、数々の工夫と“おもてなしの心”で立て直した。さらに、国内の旅館業に大きな打撃を与えたコロナ禍を経ても業績を伸ばし続け、今年4月、世界最大の閲覧数を誇る旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」が発表した宿泊施設満足度ランキング「日本の旅館部門2024」で第2位に選ばれた。世界から多くの旅行客を引きつける旅館の魅力とは――。ようぼく夫婦のおもてなし精神に迫った。
JR湯平駅から車で約10分、石畳の坂道に沿って旅館が軒を連ねる温泉街が見えてくる。湯平温泉は、江戸時代から多くの人々が訪れた日本有数の湯治場。俳人・種田山頭火が当地を訪れて名句を残したほか、映画『男はつらいよ』シリーズのロケ地になったことでも知られる。
坂道を上った先に「山城屋」はある。品格漂う玄関に入ると、「いらっしゃいませ。こんな山奥まで来られて、お疲れでしょう」と女将の博美さんが出迎えてくれた。
「あるものを生かす」を信念に
館内は、和の風情が感じられる全6部屋。露天風呂や陶器風呂など4カ所設けられた温泉は、利用客が貸切で楽しむことができる。
「外国のお客さまの多くが古い日本の建物に憧れているので、まさにイメージ通りと喜んでくれます」と謙児さんは言う。
「山城屋」は昭和47年、博美さんの父・後藤武文さん(故人)が開業。祖父の代から信仰する後藤家には神実様が祀られ、博美さんは教えを身近に感じながら育った。両親が忙しく働くのを見ていたため、旅館を継ぐ気はなかったが、成長するにつれて家業を手伝うようになった。
30年前、謙児さんとの結婚を機に旅館を離れた。その後、10年ほど経ったころに夫婦で「山城屋」へ移り住んだ。
昭和初期、湯平温泉は60軒の旅館が立ち並び、多くの観光客でにぎわったが、時代の流れとともに観光客が減少。「山城屋」も経営不振に陥っていた。
「なんとかしなければ」
博美さんは両親と共に旅館で働き、謙児さんも仕事が休みの日に宿泊客の送迎や旅館のホームページ作成などを手伝った。
また、謙児さんは湯平温泉の魅力をアピールするため、さまざまなイベントを企画。さらに訪日外国人を呼び込もうと韓国や香港の雑誌社へ営業に回った。いくつかの旅行雑誌で取り上げられると、「石畳の風景や昔ながらの旅館の佇まいに、日本らしさが感じられる」と評判になり、温泉街に外国人観光客が目立つようになった。
10年前、謙児さんが早期退職して旅館の代表に就任。ホームページを多言語対応にリニューアルしたり、温泉の入り方や日本の作法などを解説する動画を作成したりするなど、外国人観光客向けのサービスを強化した。
謙児さんは「大切なのは、海外旅行で感じやすい“不安の種”をできるだけ少なくし、安心して来てもらえるようにすること。そのためには相手の立場に立って考えることが欠かせません。難しいことはせず、『あるものを生かす』という信念で取り組んできました」と語る。
一方、博美さんも毎日20分間の英語勉強を継続。また、国籍や年齢に合わせて料理の献立を変えるなど、こまやかな接客を心がけた。
“おもてなしの心”で接客を続けるなか、利用客の9割を訪日外国人が占めるように。旅行口コミサイトで話題となり、客室稼働率ほぼ100%を達成すると、2017年には「トリップアドバイザー」の宿泊施設満足度ランキング「日本の旅館部門」で第3位に選ばれた。
同年、謙児さんは著書『山奥の小さな旅館が連日外国人客で満室になる理由』(あさ出版)を上梓した。「全国には『山城屋』のような小さな旅館が多くあります。その経営の参考になればうれしいです」
コロナ下も「できること」を
「山城屋」の利用客から高く評価されているのが、博美さんが腕を振るう料理だ。地元の食材をふんだんに取り入れた料理は、品数が多く豪華でありながら、どこか家庭的でもある。人気のメニューは、大女将・後藤幸子さん(故人)から受け継いだ秘伝のみそを使ったナスのみそ田楽。料理にも「あるものを生かす」の信念が生かされている。
国内のインバウンド需要の高まりもあって順調な経営を続けるなか、4年前に新型コロナウイルスの猛威が世界を襲った。「山城屋」も客足がぱったりと止まり、休業を余儀なくされた。
何もできない状況のなか、夫婦は「いまできること」を模索。博美さんは、それまで忙しさのあまりできていなかった教会日参を始め、謙児さんは、この期間におさづけの理を拝戴した。
「経営的には大変な時期でしたが、コロナのおかげで仕事から離れ、お道の教えに正面から向き合うことができたと思います。心をリセットする機会になりました」と博美さんは述懐する。
また、旅館業の新たな取り組みとして「立ち寄り湯」と「ランチ営業」を始めるとともに、秘伝のみそを商品化するなど、「いまできること」を続けた。
その後、少しずつ感染状況が緩和されると、国内の旅行客に続き、外国人観光客も訪れるようになり、客足が回復。そして今年4月、「トリップアドバイザー」の宿泊施設満足度ランキング「日本の旅館部門2024」で第2位に選ばれた。同サイトの口コミ欄には、「また来たいと思える宿ナンバーワン」「一番の魅力はご主人と女将さんの温かさ」「最高のおもてなし!」などの高評価が並ぶ。
「コロナ明けに、真っ先に来てくださったのはリピーターのお客さまたち。おかげで、早い段階で通常の営業に戻すことができたのです。人とのつながりの有り難さを、あらためて感じました」と夫婦は口をそろえる。
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忙しい中も、夫婦はできる限り教会参拝を続けるとともに、月に一度、旅館内で講社祭を勤めている。
謙児さんは今年、2冊目の著書『山奥の小さな旅館に外国人客が何度も来たくなる理由』(あさ出版)を刊行。また、各地で講演活動も行っている。
「お客さまに喜んでもらおう」と二人三脚で「山城屋」を営む二宮さん夫妻。今後について、博美さんは「こんな山奥の旅館に外国人の方が連日来てくださるのは、親神様がその役割を私に与えてくださったからだと思えてなりません。これからもお客さまに喜んでもらえるように努めていきたいと思います」と。謙児さんは「『人救けたら我が身救かる』の教えを行動の指針にしてきました。これからも人とのつながりを大切にして、一人でも多くのお客さまの笑顔を見られるように『山城屋』を営んでいきたいです」と話した。
文=島村久生
写真=根津朝也