“分断と対立”から「丸い心」へ – 視点
2024・10/30号を見る
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アメリカ大統領選挙は、いよいよ11月5日に投開票が行われ、ドナルド・トランプ前大統領とカマラ・ハリス副大統領のどちらかが次の大統領に選ばれる。2020年の大統領選挙で勝利したバイデン大統領が、「私は分断ではなく結束を目指す大統領になることを誓う」と訴えたように、南北戦争以来続くとされる米国内の分断と対立は、その深刻度を増しており、21年1月の連邦議会議事堂襲撃事件を経て“第二の南北戦争”を懸念する声さえ上がったという。
南北戦争は1861~65年にかけて、北部のアメリカ合衆国と合衆国から分離した南部のアメリカ連合国の間で行われた内戦である。主な争点は黒人奴隷制度の存続をめぐってであったが、両軍合わせて約62万人が犠牲となった。この死者は、第一次・第二次世界大戦を含めても、同国が体験した戦争の中で最も大きな数である。
1865年といえば日本では慶応元年であり、このころお屋敷では、つとめ場所が完成し、翌年からおつとめが教えだされた。その2年後の明治元年には戊辰戦争が起こり、日本でも国を二分する戦いとなった。また、同10年には西郷隆盛率いる士族らによって西南戦争が引き起こされた。
ところで、教祖は明治16、17年のころ、「世界は、この葡萄のようになあ、皆、丸い心で、つながり合うて行くのやで」と仰せになっている。こうした世界の分断と対立の様子を、教祖はどんなお気持ちでご覧になっていただろうか。
トランプ、ハリスの両氏のどちらが大統領になっても、アメリカ国内の深刻な分断と対立は容易に解決しないだろう。また世界に目を移せば、分断と対立の構図は各地で見られるし、歴史は繰り返すというから、日本とて決して例外ではないはずだ。
世界の注目を集める米国大統領選挙だが、どちらが日本の国益に適うかという議論だけでなく、どうすれば世界が葡萄のような丸い心でつながり合えるのかを真剣に考える機会としたい。
(清水)







