過ぎゆく日常 手紙が伝える心 – わたしのクローバー
川村 優理(エッセイスト・俳人)
1958年生まれ
知らない土地を歩く
地図を見ながら歩くことが、どうも苦手です。
初めて訪れた場所や慣れない土地で、スマホの地図を見ながら歩いていても、目的地にたどり着くことができないのです。
町の人に尋ねると、
「ぜんぜん違う方向に歩いてきていますよ」
と、驚かれたりします。
家族の仕事の関係で、故郷からずいぶん離れた土地に住んだことがありました。そこで自動車教習所に通い始めましたが、ある日、送迎バスを乗り間違えて、いつの間にか知らない道を走っていることに気がつきました。
慌てて降りた所には路線バスもなく、さらに迷って強い風の吹く枯野に出てしまい、困り果てて持っていた地図を広げると、風で地図がちぎれて飛ばされました。
遠くに、家の近くで見たことのある病院の建物を見つけたので、とりあえずそちらの方向へ歩いて、なんとか帰り着けましたが、知らない土地を歩く怖さを知りました。
今はカーナビがあるので、前もって行き先をパソコンで調べられるようになり、ずいぶん便利になりました。でも、地図を見ながら知らない土地へ行く不安は、いまだに付きまといます。
道に迷ったときは…
若い人や子供たちから、将来の相談をされたときなど、道に迷って地図が風にちぎれたときの自分を思い出します。
人生に地図はありません。どんな学校へ進み、どんな仕事に就くのか、どんな町に住むのか、そして恋愛や結婚は……。
インターネットや書物、人から聞く情報はあっても、そうした情報が自分にとって適切な助言であるとは限りません。ネットの書き込みや配信サイトの口コミなどにも不安があります。
それでも、もし道に迷ったとき、立ち戻れる出発点があれば、人はまた歩きだせるのではないでしょうか。
「お母さん、道が分からなくなって、いったん帰ってきたよ」
「おかえりなさい。もう一度よく考えて、また行けばいいんだから。いつでも帰っておいで」
そう言える“ホーム”があれば、たとえ進む道の地図を見失っても、また次へ進む心の力を得ることができます。
私の子供たちもそれぞれ大きくなったので、わが家という〝巣〟から旅立っていこうとしています。それはとても大切なことです。でも、エネルギーのチャージに戻ってくれば、「おかえりなさい」と迎えてやろうと思っています。
奈良県天理市には、「ようこそおかえり」と、いつでもあなたを待ってくれている場所があります。そこには「ぢば」と呼ばれる、人間が創造された元の地点があり、壮大な神殿が建っています。
ここは一年三百六十五日、常に開かれています。老若男女、国の内外、民族や宗教を問わず、どなたでも神殿内に入れます。人生に迷ったとき、「ただいま」と、お帰りになってみてはいかがですか。