「日本アカデミー賞」「最優秀作品賞」受賞の快挙 – ヒューマンスペシャル
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「日本アカデミー賞」で「最優秀作品賞」「最優秀編集賞」の2冠
映画「侍タイムスリッパー」監督
安田淳一さん
57歳・城久分教会ようぼく・京都府城陽市
ようぼく映画監督の話題作が「日本アカデミー賞」で「最優秀作品賞」受賞の快挙――。
2024年8月17日、インディーズ映画の聖地「池袋シネマ・ロサ」(東京都豊島区)で封切りされた映画「侍タイムスリッパー」。メガホンを取る安田淳一監督(57歳・城久分教会ようぼく・京都府城陽市)が原作、脚本、撮影、編集など11役を務め、10人足らずのスタッフと作り上げた自主制作映画は、上映直後からSNSを中心に話題となり、たちまち全国上映されるに至った。昨年のユーキャン「新語・流行語大賞」ノミネート、「日刊スポーツ映画大賞」「ブルーリボン賞」や海外の映画祭での受賞など快進撃が続く。
そして、先ごろ発表された第48回「日本アカデミー賞」では、作品、監督、脚本、主演男優など7部門で優秀賞を受賞。3月14日の授賞式では、「最優秀作品賞」を受賞するとともに、安田さんが「最優秀編集賞」に輝き、2冠を達成した。

普段は米農家を営む異色の映画監督として注目を集める安田さんが作品に込める思いに迫った。
「映画作りの原点は学生会」
「こどもミュージカル劇場」で舞台を作り上げた経験が今に
自宅の敷地内にある米蔵の2階を改装した事務所には、大型のスクリーンや撮影機材などが並ぶ。安田さんは「侍タイムスリッパー」のヒットについて、「お客さんが支持してくれたのは素直にうれしい。いろいろな賞の受賞やノミネートの知らせに驚くばかり」と笑顔を見せる。
「情熱を無駄にしたくない」
ようぼく家庭に生まれた。特に信仰熱心だったのは、祖母のユキノさん(故人)。「とても優しくて、でも時に厳しい人だった」。毎月の講社祭は「子供心に足がとても痛かった」と振り返る。
ユキノさんに導かれ、鼓笛活動や「こどもおぢばがえり」に参加。学生時代には、京都教区学生会の委員長を務めた。
「祖母に勧められて仕方なく学生会の活動に顔を出すようになったが、参加してみると、学生が主体的に取り組む雰囲気がとても楽しく、夢中になっていった」
委員長に就任したのは24歳のとき。少し年上の委員長は、仲間から「おやじ」と呼ばれ、親しまれた。
夏の「こどもおぢばがえり」では、人気行事の一つ「こどもミュージカル劇場」を京都教区が担当していた。安田さんは高校生のとき、学生会のひのきしんに参加し、劇の演者の一人として初めて舞台に立つ。徐々にその魅力に取りつかれ、演者・裏方スタッフの主力メンバーとして活躍。委員長在任中には、自ら劇の脚本を書いた。現役の学生が執筆するのは異例のことだったという。
毎年、夏休みが近づくころ、劇を作り上げるメンバーは、夜遅くまで入念に練習を重ねた。しかし、本番では子供たちが退屈そうにしたり、集中して見ていなかったりすることがあった。
「子供たちを楽しませたい。そして、仲間の情熱が無駄にならないものを上演したい――」。その強い思いが「女神の瞳伝説」というオリジナルの劇を生んだ。
「本当は『海賊ザジ』というタイトルだったが、先生に『海賊はあかん』と言われて……」と、笑いながら思い出を語る。
「『こどもミュージカル劇場』は演劇を専門とする人が演じるのではなく、初めて舞台に立つ子も多い。私自身も含めプロが一人もいないチームで、いかにいい舞台を作り上げるのか。子供たちはもちろんだが、共に制作する学生たちにも喜んでもらいたいと、試行錯誤を重ねた」
「侍タイムスリッパー」で監督、撮影、編集など11役を務めた安田さん。その原点には、「こどもミュージカル劇場」で脚本、演出、衣装デザイン、劇中歌の作詞などを同時にこなした経験があるという。
「映画作りの原点は学生会。『こどもミュージカル劇場』のひのきしんを通じて、自分が作ったもので人に喜んでもらいたいという気持ちが培われたと思う」
苦境に陥っても道は開ける
子供のころをよく知る所属教会の庄司雅一会長(65歳)は「淳くんは芸術的で、周囲とは少し違った雰囲気があった」と振り返る。絵や漫画を描くことが好きだった安田さんは、高校時代に黒澤明監督の「椿三十郎」を見て感銘を受け、いつか映画を撮りたいと考えるようになった。
大学在学中に8ミリビデオで映画制作を始め、卒業後は映像制作やイベント演出などの仕事をこなした。
そして40歳のとき、映画作りに本格的に取りかかる。2014年、初の自主制作映画「拳銃と目玉焼」を撮影。17年の「ごはん」では、父の逝去により近所の農家30軒分の水田を預かることになった女性の奮闘ぶりを描いた。
そんななか、翌年に上田慎一郎監督の「カメラを止めるな!」が自主制作映画として異例の大ヒットを記録。安田さんは作品の成り立ちやプロモーション方法などを細かく研究し、「侍タイムスリッパー」の構想を練った。その後、脚本の面白さを買われて東映京都撮影所の特別協力が得られたほか、さまざまな援助を受けて制作が進んだ。
本作では、幕末からタイムスリップした会津藩士・高坂新左衛門が、現代日本の様子に驚く。とりわけ、自分が命を懸けて守ろうとしていた江戸幕府が、とうの昔に滅んでいることに愕然とする。一度は命を絶とうとするも、心優しい人々に手を差し伸べられ、時代劇の”斬られ役”として新たな人生を歩む決意をする。
「新左衛門のように、苦境に陥っても腐らずに前進することで、新しい道は開ける。いま、世の中で苦しい思いをしている人が少なくないが、自分のできることにベストを尽くせば、何か希望が見えてくるのではないか」
「はたらく」父の背中を見て
映画制作とともに、家業である米作りにも励んでいる安田さん。幼少期から父・豊さん(故人)に連れられて田んぼに出ていた。10年ほど前から、農繁期には豊さんを手伝うようになっていた。
「父は周囲で困っている農家がいたら手を差し伸べていた。お道の信仰を胸に、人だすけの気持ちで取り組んでいた」
「侍タイムスリッパー」の撮影が終盤に差しかかった22年11月、豊さんが脳出血で突然倒れ、半年後に出直した。豊さんの跡を継ぎ、約1・4ヘクタールの田んぼの修理・丹精に骨を折る日々だ。
「祖母からよく聞かされたのは、『働くというのは、はたはたの者を楽にするから、はたらくと言うのや』という教祖のお言葉。父の背中がお言葉と重なった」。
「侍タイムスリッパー」の脚本について、「ことさらお道の教えを意識して書いたわけではない」と言うものの、完成した作品には悪人が一人も出てこない。
「仲間同士で足を引っ張ることはないし、困っている人がいれば積極的に助ける。そんな優しい世界観の作品になった。陽気ぐらしの教えに通じるものを感じる」
現在も自宅で講社祭を勤めている安田さん。毎月足を運ぶ庄司会長は、”淳くん”の活躍を温かく見守る。
◇
「日本アカデミー賞」の「最優秀作品賞」受賞という快挙を成し遂げた安田さん。今後、さらなる活躍に期待がかかる。
「人としては、父のように、自分のためではなくみんなが幸せになるよう行動できる人を目指したい。映画の作り手としては、映画を通して多くの方に喜んでもらいたい。映画館で笑って、ドキドキして、ほっこりする。それが、現実と戦う活力になれば」
文=鈴木寿男
写真=山本暢宏
コラム「侍タイムスリッパー」
落雷によって現代の時代劇撮影所にタイムスリップした会津藩士が、自らの剣の腕を頼りに”斬られ役”として新たな人生を歩むコメディー。
2024年8月17日に「池袋シネマ・ロサ」1館のみで封切り後、口コミで話題が広まり、9月13日から全国上映された。現在、興行収入は8億円、観客動員数は59万人を超え、インディーズ映画としては異例のヒットとなっている。
主な受賞歴は、「新藤兼人賞2024」(銀賞)、第37回「日刊スポーツ映画大賞」(作品賞、監督賞、主演男優賞)、第67回「ブルーリボン賞」(作品賞、主演男優賞)、第48回「日本アカデミー賞最優秀賞」(作品、編集)など。海外の映画祭でも受賞。
3月21日からAmazonプライムビデオで視聴することができる。