をびや許しのおたすけは今も – 視点
産科医が主人公の人気漫画『コウノドリ』(講談社)の7巻はNICU(新生児集中治療室)が舞台となっており、取材に協力した、日本では数少ない新生児科医が新聞(『産経新聞』8月1日付)に取り上げられていた。未熟児や先天性の病気のある場合など、生後27日までの新生児を専門に診る。
近年、日本の周産期医療は目覚ましい発展を遂げ、新生児の死亡率は0.08%(令和2年)と世界トップレベルを誇る。だから「出産は安全」で「元気な子供が生まれてくるのが当たり前」なのか。その医師は、世間の思い込みに否と答える。「出産は、一分一秒が命を左右する危険なもの。だからこそ出産は奇跡なんです」と。現に、生まれてくる子供の10%程度に何らかの蘇生処置が必要とされるという。
結論から申せば、かくも医療の発達した現在においても、「をびや許し」によるおたすけを怠ってはならないということである。
教祖は、をびや許しについて「必ず、疑うやないで。月日許したと言うたら、許したのやで」と仰せられ、疑いの心があってはならないことを繰り返し戒められた。
不思議な偶然があった。『稿本天理教教祖伝』によると、嘉永7年、おはるが初産のためお屋敷へ帰っていたとき、教祖は、腹に息を三度かけ、同じく三度撫でておかれた。これがをびや許しの始まりである。
やがて、その年11月5日の出産当日、大地震があって、産屋の後ろの壁が一坪余りも落ち掛かったが、おはるは心も安く、いとも楽々と男の児を産んだ。人々は、をびや許しを頂いていれば、一寸も心配はない、と納得した。不思議な偶然というのは、この大地震によって、おぢば近くの1000年余の歴史を持つ安産祈願で有名な寺が全壊したということである。寺の是非ではなく、をびや許しには「疑いの心があってはならない」ことを象徴的な出来事でお示しくだされたものと悟らせていただく。
先の新生児科医は「入院するときに『おめでとうございます』と言えるのは僕ら新生児科医と産科医だけ。どんなに小さく生まれても死産に近くても、『おめでとうございます』と、目頭が熱くなることが多い」という。
(橋本)