戦争は勢力地図を塗り替える – 手嶋龍一のグローバルアイ 47
2025・7/16号を見る
【AI音声対象記事】
スタンダードプランで視聴できます。
戦争は罪なき多くの市民の命を奪い去り、おびただしい難民を生みだすだけではない。世界の風景を根底から変えてしまう。第1次世界大戦は欧州に君臨していたハプスブルク王朝を崩壊させ、東方にソビエト連邦を誕生させた。第2次世界大戦が終わってみると、鉄のカーテンによって欧州は東西両陣営に真っ二つに引き裂かれてしまった。
我々が暮らす現代世界はどうだろう。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルのハマス殲滅、イスラエル・米国が敢行したイラン空爆。これら一連の戦いは、米ロの対立を決定的にしただけではない。米国と欧州同盟国の間に深い亀裂を生じさせてしまった。“トランプの米国”は、もはや信頼に足る同盟相手ではない――ドイツ、フランスそして英国までが、そんな疑念を抱き始めている。
“アメリカ・ファースト”の旗を掲げる米国は、東アジアの戦略風景をもまた塗り替えつつある。イランの核施設に猛烈な空爆を敢行しても、中東の地に和平と安定をもたらした訳ではない。ウクライナやガザでの戦いの混迷も重なり、“トランプの米国”はいま国際秩序の維持を担うことに倦み始めている。
“習近平の中国”が力を背景に海洋へ進出し、台湾海峡のうねりは年ごとに高まりつつある。強大な軍事力を振りかざす中国軍の台湾侵攻を阻むべく、東アジア各国は結束して臨むべきだ。だが、日本、豪州、フィリピン、台湾だけでは十分な抑止力を備えていない。米国の関心を東アジアに惹きつけ、その抑止力を繋ぎとめておくことが何より肝要なのである。だが、アメリカ・ファーストの姿勢を剥き出しにするトランプ政権が、台湾有事にどこまで真摯に取り組もうとしているのか定かではない。「米国は日本を守っているが、日本は米国を守ろうとしない」。このトランプ発言は事実から程遠いのだが、台湾有事が日本の安全保障に決定的な影響を及ぼす日本にとっては重大な警告だと受け取るべきだろう。日本が戦後永く安全保障上の大前提としてきた“米国のプレゼンス”はもはや所与の条件ではない。米国なき安全保障に怜悧に備えておく時代が到来しつつある。







