父が教えてくれたこと – わたしのクローバー
辻 治美(天理教甲京分教会長夫人)
1969年生まれ
息子の涙
「ただいま……」
いつもと違う、元気のない声が妙に気になりました。
いまから20年前、長男が小学1年生のときの出来事です。初めての子育てで、一人で学校へ通えるのか、心配でたまらない時期でした。毎日「ただいま!」と、元気な声で帰ってくるのに、その日は私を避けるように階段を上がっていきました。
後を追い「どうしたんや?何かあったんか?」と聞くと、「何かあってもお母さんには言わへん。お母さんに言ったら、学校に言うから」と言って話してくれません。
「分かった。学校には絶対言わないから、お母さんに話して。お友達と何かあったんか?」
もう一度聞くと、目に涙を溜めながら「あんな、今日、学校から帰ってくるとき、A君に石投げられてん……」。そう言うと、こらえていた涙が一気にあふれ、声を上げて泣きだしました。
私は心臓がバクバクし、言い表すことのできない怒りや悲しみが、心に渦巻くのを感じました。それは、人生で初めて経験する感情でした。
泣いている息子を膝に乗せ、ギュッと抱き締めると、彼の心の痛みが伝わってくるようでした。
「正直によう言うてくれたなあ。悲しかったなあ。どこか怪我してへんか?」と聞くと、息子は口に出せてほっとしたのか、いつもの笑顔に戻りました。
あられとコマ
初めてのことで、どうすればいいか分からなかった私は、教会長である主人の父に相談しました。
父は話を聞き終わると、A君の家のことを私に尋ねました。家庭の事情で家に一人でいることが多いと伝えると、「そうか。もしかすると、その子は寂しいのかもしれへんなあ」と言うのです。
わが子がされたことしか頭にない私は、相手の子の気持ちなど考えていませんでした。しかし父は、なぜA君が石を投げてしまったのか、その心を考えていたのです。
父が、A君を家に連れてきてほしいと言うので、息子に頼んで遊びに来てもらうことにしました。
次の日、A君が来ると父は、手作りのあられを「さあ、お食べ」と振る舞いました。息子とA君は、おいしそうに食べています。
次に、コマを出してきて「こんなんできるか?」と回し始めました。手のひらの上で回すと、二人とも目を輝かせています。父に回し方を教わりながら、大喜びでコマに紐を巻きつけ挑戦していました。
子供と一緒に笑顔で遊ぶ父は、子供の目線に合わせ、温かい眼差しで寄り添っていました。私は、怒りの感情に流されて、ついつい相手を責めてしまいそうになっていた自分の小さな心に気づき、反省しました。父は私に、子育てで大切な、大きな親の心を教えてくれたのです。
父のあられとコマのおかげで、息子とA君はその後、とても仲の良い友達関係を築くことができました。
父が亡くなって今年で15年。父の味を継承している主人に、久しぶりに作ってもらおうかな。山椒と七味の効いた父のあられを。