“統治能力”を喪う政党政治 – 手嶋龍一のグローバルアイ 48
2025・8/13号を見る
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世界各国の政党政治はいま、右に左に蛇行して迷走を続けている。民主主義の先導者だったアメリカでは、余りに過酷で巨額なカネがかかる選挙システムも災いして“異形の大統領”が出現した。トランプ大統領は自国の国益を剥き出しで追求する“アメリカ・ファースト”の旗を掲げ、関税の障壁を張り巡らして、各国と軋轢を拡げている。先進西欧諸国にあっても、おびただしい移民の流入に反発して、極右政党が台頭しつつある。
こうした自国ファーストの潮流は、日本ではそれほど顕著ではないと言われてきた。だが、今回の参議院選挙を通じて“日本人ファースト”を呼号する保守の政党群が躍進を遂げた。そのスローガンは、“アメリカ・ファースト”や“都民ファースト”を踏まえたもので、さして目新しいものではない。だが、これらの政治現象には見逃せない潮流が伏在しており、軽視できない。
国内政治に鬱積する不満のマグマは、時に外交・安全保障政策を衝き動かし、国家の針路を捻じ曲げてしまう。「アメリカは永く日本を守ってきたが、日本はアメリカを少しも守ろうとしない」 このトランプ発言は幾重もの誤謬を含んでいる。習近平の中国が力を背景に東アジアに進出を図りつつあるいま、アメリカといえども東アジアの要石、ニッポンとの連携なくして、台湾侵攻を抑止する十分な軍事力を備えることはかなわない。在日米軍基地と日本の財政負担がなければ対中抑止戦略など成立しない。にもかかわらず、トランプ政権が進める“アメリカ・ファースト”は、日本国内に渦巻く“日本人ファースト”の激流とぶつかり、70年余りの年輪を刻んできた日米同盟に遠心力として働いている。
日本国内で日米同盟から離脱を目指す動きが出てくれば、中国の核戦力に対抗して“独自核武装”を求める声も強まってくるだろう。だが、永きにわたって米国の核の傘に身を寄せてきた日本には、核戦力に真摯に向き合う自覚もその運用を委ねる政治指導層も育ってはいない。いまの日本の政党政治は、統治能力を摩滅させつつあり、危機の様相はまことに深いと言わざるを得ない。




