一反一反に思いを込めて – 企画ルポ「おつとめ衣」染色の現場から (株)天理ふしん社 染色部
2025・12/3号を見る
【AI音声対象記事】
スタンダードプランで視聴できます。

伝統の「染め抜き紋」の技法を守り
多くのようぼくに着てもらいたい
本部神殿で勤められるかぐらづとめをはじめ、各地の教会月次祭やおさづけの理を拝戴するときなど、全ようぼくが身に着ける本教の祭服の一つである「おつとめ衣」。その染色工房が天理市にある。普段、月次祭などで着用するおつとめ衣は、どのようにして黒く染められているのか――。編集部では、おつとめ衣の染色工房の現場に密着。真っ白い生地がおつとめ衣の反物になるまでの工程とともに、染色を手掛ける職人たちの思いに迫った。
おつとめ衣は、教紋(梅鉢)の黒紋付(五ツ紋)で、男子は袴を着け、女子は帯を太鼓に結ぶ。
このおつとめ衣をはじめ、教服やハッピなど、本教の祭儀用装束の縫製・販売事業を展開する㈱天理ふしん社の「染色部」で、おつとめ衣などに使用する化学繊維生地の黒紋付染を専門に行っている。
11月某日、イチョウが見ごろを迎えるなか、天理市内の同社染色工房を訪れた。室内に入ると、巨大な機械が目に飛び込んでくる。周辺には、染色前の真っ白の生地が置かれている。
「ようこそ来てくださいました」
そう言って工房の奥から出てきたのは、染色部主任の山中学さん(64歳・箸尾分教会ようぼく)。約10年前からおつとめ衣の染色に携わっている職人だ。
「ここでは伝統的な『染め抜き紋』という技法(コラム参照)で、おつとめ衣の反物を染めています」
絶対に間違いがないように
工房では、10の工程を経て真っ白の生地が、おつとめ衣用の黒の反物へと染められる。
その工程は「スミ打ち」作業から始まる。ここでは、水性ペンを使って紋を入れる場所に目印を付けていく。少しのずれも許されない繊細な作業が求められる。
この作業を手際よくこなすのは辻美帆さん(31歳・愛美代分教会ようぼく)。4年前から同社で働く、山中さんの“一番弟子”だ。ものづくりに興味があったという辻さんが、最初に覚えたのがスミ打ち作業だった。
「当初は聞き慣れない専門用語ばかりで、意味が分からないことだらけでした」と振り返る。そんな中でも、スミ打ち作業にひたすら取り組み、約半年かけて習得したという。
スミ打ちを終えた生地は、次の「上絵」の工程で、スクリーンと呼ばれる紋型とヘラを使ってスミ打ちをした場所に梅鉢の紋が刷り込まれる。この作業も辻さんが担い、慣れた手つきで1着につき6カ所、梅鉢の紋を刷り込んでいく。
「おつとめ衣の製作に携わらせていただくので、緊張感を持って、“絶対に間違いがないように”と心に留めています」
洗っても紋が崩れない特長
次に、上絵で刷り込んだ紋に、メンコと呼ばれる板糊を貼る「紋糊置」の工程へ進む。この作業によって生地を黒染めするときに紋の部分が防染され、白く染め抜いた紋が現れるのだ。
この工程を担当するのは、主任の山中さん。湿らせたメンコを紋の上に置き、小さく切った新聞紙を重ね、その上から手でこすって貼り付けていく。メンコの位置がずれたり、接着があまかったりすると、黒染めの段階で紋の中に染料がにじんでしまう。紋の仕上がりに直結する、重要な作業だ。
「見ていたら簡単そうですが、やってみると案外難しいんです」
そう笑いながら話す山中さんは、約10年前まで会社員として働いていた。53歳のとき、知人からおつとめ衣の黒紋付染の工房で働かないかと誘われ、“脱サラ”を決意。知識が無い中から染色の技術を学び始め、1年が経ったとき、「紋工房山中」として独立した。
その後、順調に職人としての人生を歩むなか、新型コロナウイルスが感染拡大。染色の注文が激減し、経営難に陥った。
「一時は国からの補助金でしのいでいましたが、いつまで工房を続けていけるか見通しが立たず、不安でいっぱいでした」
こうしたなか、取引先の一つだった㈱天理ふしん社から声がかかり、2021年5月、元の工房から機械を移設し染色部が発足した。
「現在、化学繊維生地の染め抜き紋のおつとめ衣を染めているのは私たちだけです。化繊なので洗うことができますし、何度洗っても紋が崩れないことが最大の特長です。この技法を守ることができて本当に良かったと思っています」
二人の職人が品質にこだわり
メンコが貼られた生地を2日間ほど乾燥させ、ようやく「染め」の工程を迎える。
山中さんが巨大な機械の電源を入れると、大きな機械音が工房内に響く。この日染めるのは28着分の生地。機械に通すために、それらをミシンで縫い付けると、長さは約300メートル以上に及ぶ。山中さんは生地を丁寧に設置し、機械に染料を流し込むと、運転のスイッチを押した。
機械の構造はシンプルだ。生地はローラーを伝って染料に二度浸けられた後、約200度にも達する乾燥機の中を通っていく。山中さんは順調に染められているか、こと細かくチェックする。
しばらくすると、染め上がった生地が機械から出てきた。普段目にするおつとめ衣の色に比べて、少し茶色がかっている。
「この生地は、これから別会社で『蒸し』『洗い』『整理』という工程を経て、きれいな黒色になって戻ってきます」
そうして戻ってきた生地は、最後に「検反」と呼ばれるチェックを経て反物になる。染まり具合や紋のずれなどを山中さんが目視で一つひとつ丁寧に確認し、不良があれば直し作業を行う。完成した反物は、装束販売店などに卸され、おつとめ衣へと仕立てられる。
「検反で何の問題もなく、きれいに染め上がっているのを見るとき、一番やりがいを感じます。どこかの教会で、この生地で仕立てたおつとめ衣を着た人がおつとめを勤めると思うと、うれしいですね」
◇
現在、同社染色部では月に250反を染め上げ、ほとんどの作業を山中さんと辻さんの二人が担っている。「技術継承のため、少しでも染め抜き紋の魅力を知る人が増えてほしい」と山中さんは話す。
「神様の前でおつとめを勤める際の着物なので、作業にはプレッシャーも感じますが、一反一反に思いを込めて染めています。品質には自信があるので、一人でも多くのようぼくが染め抜き紋のおつとめ衣を着られるよう、この技術を継承していきたいと思います」
文=島村久生
写真=山本暢宏
コラム
染め抜き紋
染め抜き紋とは、紋の形を白く染め抜いた紋のこと。紋の入れ方の中では、最も格式の高い技法とされ、冠婚葬祭で着用する留袖や喪服のような正礼装には、この染め抜き紋を入れるのが一般的とされる。


















