教えに依拠する生きがいを – 視点
2026・2/18号を見る
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川端康成著、小説『山の音』の主人公は、老いを自覚し、ふと耳にした「山の音」に死の兆候を予感する。老いと死を告げる不吉な音として物語の象徴的な役割を果たし、主人公の心の状態を如実に表現している。筆者は学生時代にこの作品にふれてからというもの、脳裏に「山の音」への意識を持ち続けている。
老いと死に対する不安は、誰もが経験し得る自然な感情である。その理由として、社会的な役割が減少する、心身機能や健康の衰え、家族や親しい友人を失うなどの、生存本能を揺るがすような要因が、孤独感や焦燥感を感じる体験となるからであろう。
そのような不安感を緩和するのは、生きがいを持つことだといわれる。国内の65歳以上の高齢者1,600人を対象に実施した「高齢者の生きがい等意識調査2024」(日本総研)によると、「現在の楽しみ、喜びを感じることの有無、内容」についてのアンケート調査の結果、男性は「国内旅行(宿泊)」、女性は「親しい人達との団らん」を楽しみにしている割合が最も高い。一方、「楽しみ、喜びを感じることはない」という回答が、全体の4.8%と少なからず存在する。今後の喜びや生きがいそのものについて考えさせられる。
ところで、「幸福博士」の異名を持つエド・ディーナー氏は、幸福を「喜び、興味、誇りなどのポジティブ感情を経験する頻度の平均」と定義し、「幸せな人ほど成功し、長寿」であることを科学的に証明した。
また、古くから最も長寿な職業は宗教家といわれる。僧侶であれば、粗食や規則正しい生活、瞑想や読経により煩悩を除き、心の浄化を通じて真の幸福を悟り、心身ともに整えていることが長寿の理由に挙げられている。いずれの宗教家であれ、教えに基づく生き方によって幸福を求める日常を送るものである。
本教では、人間の出直しの時期は、神様の側では115歳定命とされている。しかし、115歳定命までに病まず、弱らず、死なないようにするには人間が真実の心、つまり、たすけ心を出すか否かに懸かっている。そのうえで、
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おふでさき 十五号 66
と仰せられる。年齢を重ねるとともに、自身の多くのものを失くしても、最後まで残る自分は「心一つ我がの理」とお聞かせいただく自身の心である。神様の思召に適う心で、神様の御用をすることを何よりの喜びと感じ、それを日常のルーティンとして、不自由、苦労を楽しんで暮らしてみてはどうか。
(岡本)






