創造の神秘に立ち尽くす – 成人へのビジョン 44
2026・4/15号を見る
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支部青年会の委員長を務めていたときのこと。親神様が創られたこの世界が、どれほど美しく精妙な調和のうえに成り立っているのか。その創造の奇跡を、知識ではなく驚嘆の念をもって感じ入ることはできないだろうか――。そこで考えたのが、「地球づくりワークショップ」という企画です。
参加者が「神様」となり世界を設計する、仮想の天地創造。天体の運行、四季の巡り、水の循環、物理法則……。無限の可能性から、自分だけの世界を描き出すのです。いま思えば、その発想の大胆さに自分でも笑ってしまいます。
しかしこのアイデアは、会議を待たずに、私の頭の中で頓挫してしまいます。
無からの創造にフォーマットはありません。いったい何から手をつければいいのか。手がかり一つない暗闇に投げ出され、最初の一歩すら踏み出せない――。そう、私は結局、この世界の仕組みを前提とすることでしか思考できていなかったのです。
ならば、既存の枠組みを一つ変えたとしたらどうか。たとえば、空の色を別の色に変えてみる。その色を成り立たせるには、光の性質や大気の密度、重力まで定めねばなりません。しかし、重力にふれると、星の寿命が伸縮し、水の循環は変貌し、生命の基盤までもが変容する。一にふれると、全が揺らぐ。自由な創造であるはずが、全く身動きが取れない。私の思考では、何一つ調和を生み出せなかったのです。
無数の要素が矛盾することなく、陽気ぐらしの舞台として響き合いながら、絶え間なく生成を続ける世界。その在りようを前に、私は自分の思考が、いかに浅い岸辺で遊んでいたかを思い知らされました。
企画は潰えました。けれど、それは「失敗」ではありませんでした。眼前の不可能性。その前で立ち尽くした経験そのものが、親神様による創造の神秘を、沈黙の内に物語っていたからです。
この世界が、当たり前のように「在る」という奇跡。その背後に息づく、想像も及ばぬ精緻な働き。この瞬間も成され続ける、あまりに大きな営み。世界は、これ以上ない在りようで、与えられている。そう思えてなりません。
「人は、天地の間に生を享け、至妙な自然の調和の中に生存している」(『天理教教典』第四章「天理王命」)。この一行に、私はいま、息をのみます。
見上げる空は今日も青く、美しい。
可児義孝・河西分教会長









