第26話 空と海二つが一つとなり – ふたり
作/片山恭一 画/リン
いつかトトが言っていた。大人になるといろんなことが見える。だから大人はみんな苦しそうな顔をしている。カンは大人ではないから苦しみを顔に表さない。だが人知れず思い悩んでいることに変わりはない。あの子にもいろんなものが見えるからだ。遠くの場所や時間が。それは人間たちのあいだで「未来」と呼びならわされているものだ。
こんなことを思った。近くにある空と海は別のものだ。海には触れることができるけれど、空はただ見上げるしかない。ところが遠くのほうへ行くと、二つは徐々に近づいて一つになる。そんな具合に、あの子のなかでは現在と未来が一つになっているのかもしれない。空気が澄んだ日に遠くのものが見えるように、心が澄み渡ると未来が見えてしまうのかもしれない。
毎日、カンは砂浜に出かけてじっと島のほうを見ていた。わたしにはあの子が何を考えているのかわかった。願い事をするつもりなのだ。一生でただ一つの願い事を、ツツたちのために使おうとしている。本当にいいのかい? いいも悪いも、他に方法がないのだろう。夢で見た恐ろしい情景が迫ってくる。目を閉じても見えてしまう。まるで自分よりも近くにあるみたいに。
砂浜にはときどきツツもやって来た。事情を知らない彼女は、フウちゃんから太鼓を習っている話をした。
「ジャンベっていう楽器。くり抜いた木にヤギの皮を張って作るんだって。叩き方でいろんな音を出すことができるの。いま基本を練習しているところ」
ツツは「ほら」と言って自分の手を差し出した。
「触ってみて」
どの指も先のほうが白っぽく盛り上がっている。
「硬いでしょう」。指先を軽く揉みながら言った。「難しいんだ。なかなかおとうさんみたいに、大きくて透き通った音は出せない。おとうさんが叩くとね、音は光みたいに目に見えるの。叩くたびに指先から光が出て、宇宙の彼方まで飛んでいくような感じ」
沖合を小舟が静かに横切っていく。日差しが強いので、小舟は白く光って見えた。
「アフリカの音楽はピアノみたいに楽譜で教えることができないの」。しばらくしてツツは言った。「身体の感覚でおぼえるわけよね。リズムを感じて、感じるままに身体を動かすことで音楽をおぼえていく。身体とリズムが一つになったときに、太鼓の神さまが降りてくるらしいんだけど……。まあ、一生懸命に練習するしかないってことかな」
その太鼓の神さまは、なんとかしてくれないだろうか。ツツの一家に降りかかろうとしている禍々しい出来事を宇宙の彼方へ弾き飛ばしてはくれないだろうか。
このままではカンの夏休みははじまらない。はじまる前に終わってしまう。わたしは自分が犬であることを忘れ、あの子のために何ができるだろうかと考えた。
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