天理時報2022年4月27日号6面
【“天理のサクラ”SNSで拡散】写真家・wasabitoolさんが火つけ役3月中旬から4月にかけて、多くのサクラが見ごろを迎えた親里。神苑周辺は“天理のサクラ”をひと目見ようと訪れた多くの人々でにぎわった。既報の通り、道友社は「天理さくらウォーク」と銘打ち、親里のサクラの見ごろや観覧ルートを案内する「おやさと桜MAP」を作成。これを市内各所で無料配布し、好評を得た。こうしたなか、「wasabitool」のハンドルネームで活動する写真家・藤浪秀明さん(45歳)が撮影した別席場前のシダレザクラがSNS上で話題となり、国の内外で大きな反響を呼んでいる。いまや「サクラの名所」として広く知られる天理。その火つけ役となった藤浪さんに、“天理のサクラ”の魅力について聞いた。藤浪さんが撮影した、ライトアップバージョンのサクラボール写真別席場前のシダレザクラが見ごろを迎えた3月下旬、神苑周辺のにぎわいはピークに。ツイッターやインスタグラムなどのSNSで、天理のサクラの情報を知り、大阪市から訪れた20代女性は「そこかしこに立ち並ぶサクラがどれも美しく、構図を考えながら写真を撮影するのが楽しい」と笑顔で話した。既報の通り、3月24日から4月4日にかけて、シダレザクラの夜間ライトアップが期間限定で行われた。観覧者が撮影した幻想的なシダレザクラの写真や動画は、SNS上に多数投稿され、話題となった。見る人を感動させるサクラシダレザクラのライトアップ期間中、「wasabitool」のハンドルネームで活動する写真家の藤浪さんが撮影のため来訪した。藤浪さんが天理のサクラを知ったのは6年前。インターネット上で別席場前のシダレザクラを知り、初めて天理へ。「見たこともない雄大なシダレザクラに、ただただ圧倒された」と振り返る。翌年、別席場前のシダレザクラを雨天後の水溜まりに反射させて撮影。“サクラボール”と名づけて自身のSNSに投稿したところ、「Yahoo!ニュース」のトップ記事として紹介された。これをきっかけに、天理の町が「知る人ぞ知るサクラの名所」として広がり、多くの教外者が来訪するようになった。藤浪さんは今回、ライトアップバージョンのサクラボールの写真を撮影し、自身のSNSに投稿。現在までに35万回以上閲覧されるなど、大きな反響を呼んでいる。天理のサクラに魅せられた藤浪さんは、毎年のように撮影に訪れている。その中で、天理教の信仰者の素顔にふれる機会も少なくないという。「地面すれすれでカメラを構えて撮影していると、『具合が悪いのですか?』と声をかけてくださったり、撮影場所を快く譲ってくださったりと、何度も天理の人たちの優しさを感じた」今回、藤浪さんがSNSに投稿したシダレザクラの写真には、「まるで宝石みたい」「天理の皆様の愛を感じる」など数多くのコメントが寄せられている。藤浪さんは「天理の優しい人たちが、人に喜んでもらいたいとの思いで真心を込めて育てたからこそ、見る人を感動させるような素晴らしいサクラが花開くのだと思う」と語った。天理のサクラを動画でご覧いただけますhttps://youtu.be/7tD6dl_62KEhttps://youtu.be/bXHqMmaBhdU, 【民を守る技術の結晶 – 日本史コンシェルジュ】熊本県東部の白糸台地は、棚田の景観が美しく、清らかな水と寒暖差の激しい気候によって、高品質な農作物が育つことで知られていますが、江戸時代までは深刻な水不足に悩まされてきました。周囲にいくつも河川があるのに、急流に地層が削られ、深い谷ができてしまい、その谷に阻まれて水を引くことができなかったのです。水不足に苦しむ人々を救ったのが、この地域の惣庄屋(最上位の村役人)布田保之助です。保之助は、巨大な橋の上に水路を築き、水を渡すことを思いつきます。しかし谷があまりにも深いので、両岸をそのまま橋で結ぶことは困難でした。そこで石橋を架けられる程度まで高さを落とし、いったん橋まで降ろした水を対岸で引き上げるという、画期的な方法を考え出しました。幸い、肥後国(現在の熊本県)は当代一の技術者集団・種山石工の拠点であり、彼らの協力を得て、保之助は稀に見る難工事に挑んだのです。なかでも、彼らが最も苦労したのは通水管です。橋の上部にサイフォンの原理を応用した3本の通水管を設けることにしましたが、木製の通水管は水圧により悉く破損。そこで大変な労力をかけて、のみで石の管を削り出しましたが、この管の連結に苦心します。溶かした鉄で隙間を埋めると、熱で石が割れて失敗。漆喰は水圧で弾き飛ばされて失敗。そしてついに、松の油が水をはじくことに目を付けた彼らは、松の葉、赤土、砂、貝の灰、塩を漆喰に混ぜることで、ようやく水を通す実験に成功しました。さらに彼らは、重たい石の通水管が3本も入った橋を支えるため、橋脚にも工夫を凝らします。そのヒントは、熊本城の石垣にありました。「武者返し」と呼ばれる独特の石垣の組み方は、見た目に美しいだけでなく、重たい天守閣を弱い地盤で支えるために必要だったのです。こうして彼らは、オリジナリティー溢れるアイデアと先人の叡智を融合し、長さ75.6メートル、高さ20.2メートルの日本最大級の石造りアーチ水路橋・通潤橋を建設しました。1854年(ペリー来航の翌年)の完成から現在に至るまで、通潤橋は周辺の田畑を潤し続けています。この奇跡の物語は、石工たちの高度な技術と誇り、そして何よりも保之助の民を思う心に支えられ、世紀を超えて紡がれてきたのです。白駒妃登美(Shirakoma Hitomi)