天理時報2022年3月30日号8面
TenriSports[天理スポーツ]“日本一チームに勝利阪神リーグ3連覇めざす天理大野球部天理大学野球部は現在、4月に開幕する阪神大学野球春季リーグ戦に向け、オープン戦を重ねている。昨春と昨秋のリーグ戦で優勝した同部。目標を「3連覇」に据えた新チームのスローガンは、「選手から動く」。選手自ら率先して意見を出し合い、チームづくりを進めることをテーマに掲げた。チームをまとめるのは、岩本大輔キャプテン(4年)。藤原忠理監督(56歳)は「先頭に立って誰よりも練習している」と、その姿勢を高く評価する。主軸となるのは、友杉篤輝選手(4年・ショート)と、近藤遼一選手(3年・ファースト)。これまでのリーグ戦で3度のベストナインに輝いている友杉選手は、走攻守三拍子そろったマルチプレーヤーだ。守備範囲の広さと強肩で内野陣を支える。さらに打率は4割を超え、プロ注目の選手としてメディアでも取り上げられている。友杉選手について、藤原監督は「相手チームのマークがきつい中でも、好成績を残せるだろう」と期待を寄せる。一方、1年時から四番を任されてきた近藤選手も、2度のリグベストナインを受賞。ところが、昨秋のリーグ戦では実力を出しきれず、成績を落とした。今春のリーグ戦に向けて、打撃練習にさらに力を入れており、「ひと回り成長したバッティングを見たい」と藤原監督。投手陣は2、3年生投手が中心。藤原監督は「どの選手も実力が拮抗している。リーグ戦を通じてエースが現れてくれれば」と話す。慶應義塾大と交流深め昨年の第70回「全日本大学野球選手権記念大会」で日本一に輝いた慶應義塾大学と、3月5日、天理大白川グラウンドでオープン戦を行った(写真)。藤原監督と堀井哲也・慶應大野球部監督が社会人野球の監督時代から交流があり、かねて練習試合を検討してきた。当初は昨夏にオープン戦を予定していたが、コロナ禍で中止に。今回、慶應大が九州キャンプを実施した後、天理で試合をすることになったという。また、昨年6月の大学選手権の際には、天理大の選手たちが慶應大のグラウンドを借りて練習。今回の試合前には慶應大が白川グラウンドで練習し、互いに交流を深めた。試合は初回、先頭打者の吉田元輝選手(3年)が安打で出塁すると、後続も続いて天理大が2点先制。五回に連打を浴びて逆転されたが、1点差で迎えた六回裏、ランナーニ・三塁のチャンスで、相手守備のエラーにより逆転に成功。その後は、無失点で抑えて5-4で勝利した。藤原監督は「良い試合ができて、選手たちに自信がついたと思う。この一戦を機にチームカが上がり、その後のオープン戦でも良い結果が残せている。リーグ3連覇に向けて、一歩ずつ着実に歩みを進めたい」と、現状での手応えを語った。なお、阪神大学野球春季リーグ戦は4月9日に開幕する。天理大は同日、大阪市の南港中央野球場で神戸国際大学と対戦する。文芸連載小說作/片山恭一画/リンふたり【第2部】―波のきらめきに「ふたり」のバックナンバーを道友社HPで公開中。登場人物の相関図や作者のプロフィールも閲覧することができます。下記QRコードから音アクセスしてください。第8話ビョーンさんのことドイツ出身のビョーンさんが、この町でサーフ・ショップを営むことになったいきさつは、彼を知る人たちのあいだでは一つの伝説になっている。理学療法士であった彼が日本にやって来たのは十年ほど前だ。火山が好きだったので、各地のそれらしい山をまわっていた。たまたま訪れたところが想像していたイメージとは違ったので、早々につぎの場所をめざすことにした。移動手段はヒッチハイクである。何時間も道端に立ちつづけ、ようやく乗せてもらった車にはサーフボードが積んであった。サーファーとともに町へやって来たビョーンさんは、勧められるまま海に入った。十一月だというのに、水はまだ充分に温かかった。ドイツの海は夏でももっと冷たいらしい。すっかり気に入って、しばらく滞在することにした。車に乗せてくれた青年が、地元のサーフ・ショップを紹介してくれた。店の主人は四十過ぎの男で一人暮らしをしている。もともとサーフィンが好きで店をはじめたのに、気ままに波乗りができないのが悩みの種だった。せっかくいい波が立っても、店にいなくてはならないことがある。そこでビョーンさんを店番として雇ってくれることになった。満足な給金は払えないが飯は食わしてやる。狭いけれど部屋も空いている、ということだった。こうして町に居つくことになったビョーンさんは、数年前にハワイへ移住した主人から店を受け継ぎ、いまは地元の仲間間たたちにも助けられて、サーフ・ショョッププのの他にスクールを運営している。通通常は生徒数人に一人のインストラクターがが付いてサーフィンを教える。スクールルははシーズンを通して開かれており、少々の雨でも海さえ荒れていなければ大丈夫だ。カンも子どもたちに波乗りを教えることがある。そんなときはビョーンさんの世話になる。店には気温や季節に応じてさまざまなサイズのスーツが揃っている。二人が親しくなったのは、ビヨーンさんが外国人で片言の日本語しか喋れなかったせいかもしれない。いまでは流暢に日本本語を操るビョーンさんだが、最最初のころは言葉のレパートリーが少なく、食堂に入っても「ご飯、味噌汁、から揚げ」くらいしか注文することができなかったそうだ。ここの暮らしを気に入ったのは、一年中サーフフィンのできる海があり、新鮮な野菜と美美味しい肉・魚があり、温暖な気候で物価価も安いからだ。加えて親切な人たちがいる。ビョーンさんを見ていると、人はみんな同じだなと思う。肌の色や育った環境は違っても、誰もが一回きりの人生を送っている。それをいちばんいいかたちで送りたいと考えている。