天理時報2022年3月9日号8面
TenriSports[天理スポーツ]スローガンは「繋」チーム一丸で甲子園へセンバツ直前特集天理高野球部既報の通り天理高校野球部は、18日に開幕する第94回「選抜高校野球大会」への出場が決まった。3年連続26回目の出場となる同部は、全国制覇を目指して練習に取り組んでいる(写真)。昨年の「秋季近畿地区高校野球大会」奈良県予選では3位と振るわなかったが、続く近畿大会では4強入りを果たした。中村良二監督(53歳)は、今年のチームについて「キャプテンが部員をしっかりと牽引し、まとまりのあるチームになっている」と語る。その戸井零士キャプテン(2年)は、中学時代、U-12日本代表のメンバーとして出場したWBSC「U-12ベースボールワールドカップ」で首位打者と外野部門のベストナインに輝いた実績を持つ。入部すると1年時の秋からメンバー入りし、昨年のセンバツ大会にも出場した。戸井キャプテンと共に野手の中心になるのは、昨秋から四番を任される内藤大翔選手(同)。長打力と勝負強さを併せ持つスラッガーだ。中村監督は「戸井と内藤の三四番コンビが攻撃の要。二人とも昨年春の甲子園では悔しい思いをしているので、今年は全力を出しきれるように練習に打ち込んでいる。いかにチャンスをつくって、クリーンアップにつなげるかが勝利の鍵になる」と話す。一方、守備の柱となるのは、身長188の技巧派右腕・南澤佑音投手(同)。昨秋、投球フォームを変えたことをきっかけに、安定したピッチングを身につけた。高校入学後、同部の先輩で、先の「プロ野球新人選手選択会議(ドラフト会議)」で北海道日本ハムファイターズから1位指名を受けた達孝太投手に憧れ、同じオーバースローで投げていたが、結果が伴わなかった。そこで中村監督の提案により、中学時代の投球フォームであるスリークオーターへと変更。近畿大会では、滋賀学園高校との初戦を2失点、市立和歌山高校との2回戦を1失点に抑え、完投勝利を挙げた。「南澤が勇気を出して自身のフォームと向き合ったことで、彼本来の質の高いストレートと、キレのある変化球を投げられるようになった」と中村監督は評する。チームスローガンは「繋」。このスローガンには、コロナ禍の影響で甲子園に出場できなかった2学年上の先輩たちの〝思いをつなぐ、との意味が込められているという。中村監督は「甲子園で勝つには、何より実力は必要だが、野球以外の部分も大事になると思う。あいさつや人のためになる行動ができているかなど、選手一人ひとりが日ごろの生活態度を見つめ直し、この先の野球人生につながるような試合をしてほしい」と話している。なお、センバツ大会の組み合わせ抽選会は4日に行われる。(2日記)2年連続選抜大会出場天理高ラグビー部天理高校ラグビー部は、先ごろ親里で開催された「近畿高校ラグビーフットボール大会」に出場。同高は2回戦で敗退したが、今大会は新型コロナウイルス感染拡大の影響で2回戦までの実施となり、抽選の結果、天理高の第23回「全国高校選抜ラグビーフットボール大会」への出場が決まった。同大会は、24日から31日にかけて埼玉県熊谷市の熊谷ラグビ一場で開催される。文芸連載小說ふたり【第2部】波のきらめきに作/片山恭一画/リン前話のあらすじカンは、動植物などの写真を撮影し、自然への思いや過去の出来事を交えた文章とともにプログに投稿している。カンのレストランには、話を聞きにやって来る客もいた。文芸小説「ふたり」のバックナンバーはこちらから第6話たった一個のパンがカンの人生がずっと順調だったわけではない。勉強のほうは時計を使った訓練によってかなり改善された。また小学校のあいだは、ほとんどの科目で暗記カードが通用した。しかし中学から高校へと進むにつれて、記憶力だけでは切り抜けられないことが多くなった。波乗りをはじめたのは高校に入ったころだった。ハハに基本を教えてもらったあとは、自分で練習して少しずつ上達した。休みの日には海で長い時間を過ごした。楽しむというよりは、海の上に居所を見つけようとしているみたいだった。そんなとき大波がやってきた。学校の勉強がうまくいかなくなって、さすがにあの子も疲れてしまったのだろう。朝から風が強く吹く日だった。午後には海海は大荒れになった。こんな日にに波乗りをするのはた正気の沙汰ではない。夜になってから一人で海に出た。あいかわらず海は荒れ狂っていた。案の定、少し沖に出たところで波に呑み込まれた。わたしは岸から一部始終を見ていた。あっという間のことだった。カンの身体は海に引き込まれた。助けに行きたくてもどうしようもない。いよいよダメかと思ったとき、不意に風がおさまり、雲の切れ間から丸い月月がだた出た。明るい月の光が、荒れた海を宥宥めるように照らしていた。そこにポツンと一枚の板が浮かび上がった。つづいて波のあいだからカンの頭が現れた。彼はボボードをつかんで身体を引き揚げると、水水を掻いて岸をめざしはじめた。あのときカンの命を救ったのはトトだ、とわたしは思っている。きっと暗い海のなかで声が聞こえたのだ。それとも月だろうか。いつかトトは言っていた。海は月を感じている。月が海を持ち上げるように、あの子の身体も上げてくれたのかもしれない。外国へ行くことを勧めたのはハハだった。無理に大学に進む必要はない。言葉しゃべが喋れないなら、最初から言葉が通じない外国へ行ってしまえばいい。ハハ自身にも同じ体験があった。大学生のときに、とてもつらいことがあった。外国に行けば気分が変わると思った。残念ながら、そう簡単にはいかなかった。どこへ行っても楽しくない。何を見ても心が動かない。あるときドイツの小さな町に泊まった。古い宿の粗末な部屋でベッドは固く、シャワーのお湯はいつまでも温かくならなかった。「翌朝、食堂で出されたパンにバターをつけて、ひと口齧ったときに何かが変わったの。カチッと音をたててスイッチが入ったみたいだった」なんの変哲もないパンだったという。その味は一生忘れられないものになった。たった一個のパンが、人に生きる勇気を与える。同じことがカンにも起こってほしい、とハハは願ったのだろう。