天理時報2022年1月19日号8面
写真特集立教185年新春の親里新玉の年を迎えた親里。年末年始には「お鏡受付」「お鏡開き」が行われたほか、2日から別席も始まった。立教185年の新春の親里〟の様子を写真で紹介する。右記QRコードから、新春を迎えた親里の動画が視聴できる。元旦祭が勤め終えられるころ、大和青垣の山並みから初日が昇った(1日)本部神殿前の門松昨年末、直属教会などからお供えされた鏡餅は計約7㌧ソン(39石7斗1升9合)。正月三が日、本部神殿でお供えされたのち、755人のひのきしん者の手で食べやすい大きさに切り分けられた。なお、切り分けた餅はパック詰めされ、直属教会などを通じて、ようぼく・信者に下付された別席始めの日に願い出る帰参者(2日、別席場で)文芸連載小說ふたり【第2部】波のきらめきに作/片山恭一画/リン第1話無数の星が輝く夜冬でも波のある日は海に出る。風が冷たく、海に入る時間は限られるけれど、この季節ならではの良さもある。まず水がきれいなこと。海の青さが際立つのも、冷たい北風が吹くころだ。遠くから静かなうねりを運んでくる深い青のなかには、何か崇高なものが潜んでいる気がする。今朝も熱いコーヒーを飲んできた。彼の一日は、自分で豆を挽いて淹れる一杯のコーヒーではじまる。車の後部座席には一眼レフのデジタルカメラとレンズが入ったカメラバッグが置いてある。ガードレールの向こうに見える海は昇って間もない朝陽に輝き、カーブを曲がるときにバックミラーが眩しく光った。今日はいい写真が撮れるだろうか?波が立たないこの季節、サーファーの多くは冷たい海よりも、スパやサウナで骨休みすることを選ぶ。しかし冬の海にはどこか人懐っこいやわらかさがある。とくに日差しを浴びた穏やかな海は、心を伸びやかにさせてくれる。また一人前のサーファーたちが物足りないと感じる季節は、初心者にとってはいい波が立つ季節でもある。毎年冬休みを利用して、都会から子どもたちがやって来る。付き添ってきた若い母親が、一緒にサーフィンを習うこともある。生徒たちには長袖のフルスーツを着せるが、彼自身はよほど寒い日でない限り、シーガルと呼ばれる半袖で長丈パンツのウェットスーツで済ましてしまう。すでにおわかりと思うが、彼の名前はカン。いまは立派な青年になり、言葉も少しは喋るようになっている。高校を卒業したあと、大学へは進まずに半年ほど世界中を旅した。すっかりたくましくなって帰ってきたあの子が、はじめて言葉を発した瞬間を、わたしは忘れない。「ただいま、ピノ」残念ながらわたしの寿命は思ったよりも早く尽きてしまった。カンが帰ってきたころから、なんとなく身体が重くなり、食欲がなくなった。無理して食べると吐いた。レントゲンで調べると、「悪性腫瘍」というものが腹のなかにできていた。そいつがすくすく育って、すでに取り返しがつかない大きさになっていた。手術で取り除くのは難しいので、放っておくことになった。幸い痛みも苦しみもほとんどなかった。犬にも徳があり、わたしにはそれが備わっていたらしい。カンはわたしをトトのサーフボードに乗せて海に流してくれた。最後のとき、あの子は何も言わなかった。長くそうであったように、わたしたちは言葉を介さずに別れを告げた。暗黒のなかを落ちていくようでもあり、内側へ昇っていくようでもあった。気がつくと無数の星が輝く夜のなかにいた。こうしてわたしはトトのサーフボードで天空を航行しながら、いまもカンを見守っている。「ふたり」第1部のバックナンバーを道友社HPで公開中。登場人物の相関図や作者のプロフィールも閲覧することができます。下記QRコードからアクセスしてください。