天理時報2021年12月8日号2面
小春日和のなか11月月次祭教会本部の11月月次祭は26日、中山亮様祭主のもと、本部神殿で執り行われた。大亮様は祭文の中で、元初まりの真実を明かし、よろづたすけのつとめを教え、さづけの理を渡して、成人の道つつがなくお連れ通りくださる親神様のご慈愛にお礼申し上げたうえで「私どもをはじめ教会長、ようぼく一同は、コロナ感染によるさまざまな制約が緩和されつつあるなか、いま一、度親神様の御心に思いを致し、思召にお応えできるよう、教祖のひながたを拠り所に、日々勇み心と一手一つの和をもって、たすけ一条の道を邁進する決意でございます」と奏上された。この後、かぐら・てをどりが陽気に勤められた。国内における新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着きを見せ、賑わいが戻りつつある親里。小春日和となったこの日、初冬の穏やかな日差しが神苑に降り注ぐなか、帰り集った参拝者たちは、感染症対策を講じながら一心に手を合わせた。おつとめの後、前川治夫・本部員が神殿講話に立った。前川本部員は、新型コロナウイルスの蔓延は〝世界規模の大節〟と指摘。生きる中で想像し得ない出来事が起こったときには、素直に受けとめて信仰的に成人することで、親神様からご守護を頂戴することが大切として、「親神様の思召を悟り、いままでの自分とは違う自分になるために心の向きを変えていかねばならない」と強調した。続いて、節に対する心の治め方に言及。嘉永6年、夫・善兵衞様お出直しという節の中も、末女こかん様をにをいがけに出された教祖のひながたにふれたうえで、節が起こったときには、積極的に前に踏み出し、勇むことが大切だとして、「まず私たちは、できることを、つまり我さえ良くば今さえ良くばの考えを捨て去り、なんとかして親神様にお働きいただきたいと念じることが肝心」と語った。最後に、前川本部員は「いま大節のさなかだが、先を楽しみに、私たちも成人の歩みを力強く推し進めて、大きなご守護を頂戴したい」と述べて、講話を締めくくった。なお、この日、天理教ホームページで見られるライブカメラの映像には、通常時の2倍のアクセスがあった。11月月次祭は、新型コロナウイルスの感染防止対策を講じたうえで勤められた(11月26日)教会本部11月月次祭の様子を、下記QRコードから見ることができます。各地で訓練再開災救隊新型コロナウイルスの新規感染者数が減少し、地域活動が再開しつつあるなか、災害救援ひのきしん隊(=災救隊)の訓練が各地で行われた。滋賀教区隊(藪田廣信隊長)は10月22、30の両日、高島市の複合型アウトドア施設「グリーンパー想い出の森」から要請を受け、訓練を兼ねたひのきしんを実施した。2日間で延べ50人が参加し、施設内の枯れ木の伐採や草刈りなどの作業に取り組んだ。これに先立つ結隊式では、同施設の理事長が「手が回らない箇所が多かったので、非常にありがたい」と謝辞を述べた。藪田隊長(63歳・明六十一分教会長)は「いつでも出動できる態勢を整えるために、訓練は必要不可欠だと、あらためて感じた」と話した。(滋賀・中西代表社友情報提供)北海道教区室蘭支部隊(岡崎秀人隊長)は10月30日、土砂災害を想定した室蘭市輪西地区の防災訓練に参加。市職員の指導のもと、避難所の開設から避難者の受け入れ、炊き出し、段ボールベッドの組み立てと設置、発電機の取り扱い、情報伝達の各種訓練などの防災講習を受けた。岡崎隊長(66歳・本輪西分教会長)は「要救助者を助けるためには一定の知識が必要となる。今回の訓練は、その知識を学ぶ貴重な機会となった」と語った。(北海道・高村社友情報提供)滋賀教区の隊員たちは、高島市の複合型アウトドア施設で、倒木の撤去作業などに汗を流した(10月25日)市の防災訓練に参加した室蘭支部の隊員たちは、市職員から防災に関する基礎知識を学んだ(10月30日)立教185年1月期の修養科について12月期に引き続き、立教185年1月期も修養科生の受け入れを行います。修養科の志願者は、くれぐれも体調管理につとめていただきますようお願いいたします。立教184年12月1日天理教教会本部おやのこころおやのことばさあ/\その定めた心を受け取るで。楽しめ、楽しめ。『稿本天理教教祖伝逸話篇」36「定めた心」年の瀬を迎えると、尊敬してやまない先生を思い出します。あれは20年「布教の家」北海道寮の寮生だったときのことです。暮れも押し迫った12月30日、年末も関係なく、いつものように住宅地で戸別訪問に歩いていました。すると、教務支庁でよくお会いする先生とばったり出くわしました。「先生、こんにちは」と声をかけると「いやあ、恥ずかしいところを見られちゃったな」と、先生は体裁が悪そうにおっしゃるのです。どうされたのかお伺いすると、「年の初めに定めた戸別訪問の軒数にまだ足りなくてね。いま、慌てて家々を回っているところなんだよ」とのことでした。その話を聞いた瞬、ガツンと衝撃が走りました。その年も残り2日といった折、教会長であれば元旦祭の準備をはじめ、教会の年末の大掃除や信者宅回り、年賀状書きなど、やりたいことが山のようにあるはず。それなのに自分の都合や用事は脇に置き、神様との約束を最優先して動いている姿に、大きな衝撃を受けたのです。そもそも、先生が戸別訪問を何軒心定めしているかなんて、神様のほか誰も知りません。神一条の信念とは、まさにこの姿だと、身が引き締まる思いになったものでした。いつか自分も先生のようになりたいと思いつつ、はや20年。恥ずかしながら、まだまだ届かぬわが体たらくに、今年も反省しきりの師走です。(な)