天理時報2021年12月15日号6面
修養科の四季多くの温もりにふれた“もう一つのふるさと、第959期三浦とも恵さん38歳・東京都・廣誠分教会所属未信仰だった私が天理教を知ったのは、教会長の次男である夫との出会いがきっかけでした。兄弟仲良くたすけ合い、両親を大切にする夫の姿に惹かれ、年前に結婚しました。所属教会が広島県にあるので、月次祭に毎月参拝することすら難しく、信仰を深めることができませんでした。しかし、教えを胸に過ごす夫や義父母の姿を見て理解を深めたいという思いが高まったこと、また2歳半になる息子にとっても良い経験になると思い、今年5月に修養科を志願しました。お道の人の生き方を知る信仰を始めて間もない私にとって、おぢばでの暮らしはすべて未知の世界であり、息子を連れての修養生活に漠然とした不安を抱えていました。しかし、いざおぢばに着くと、壮観な神殿とおやさとやかたの圧倒的な存在感、一帯を囲む山並みの新緑、手入れの行き届いた神苑の草花など、数々の美しい光景に心を洗われました。日常は、詰所の仲間や先生方がいつも手を差し伸べてくださいました。特に幼い子供を連れていたため、思い悩むことがあれば励ましてくださったり、子供と遊んでくださったりする先生方のおかげで、修練に取り組むことができました。何より驚いたのが天理託児所の温かい支援態勢です。無償のうえ、子供一人ひとりを大切に思い、何事も喜んでつとめていらっしゃる所員の方々の姿に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。修養生活で出会う人たちは、「どうすれば喜んでもらえるか」と、何よりも相手のたすかりを心から考えていらっしゃいました。「これがお道の人の生き方なんだ」そう気づいたとき、思わず涙が出そうになりました。2ヵ月目、目の充血と痛みが治まらない日が続きました。そんななか、大勢の人が代わる代わるおさづけを取り次いでくださいました。その手の温もりや息づかいなどを通じて、おさづけの尊さを肌で感じました。同時に、それまでは気づいていなかった、健康な体をお貸しいただいていることのありがたさを実感しました。3カ月間の修養生活では、私と息子が無事通りきれるよう、たくさんの方が励まし、支えてくださいました。息子が楽しそうに笑う姿を見て、修養科にお引き寄せいただいて良かったと心から感じています。先月、家族でおぢば帰りをしました。そのとき、黄金色に色づく銀杏並木を見て、おぢばは私にとってもう一つのふるさと”だと感じました。おぢばを心の拠り所にして、日々の生活で少しずつ成人させていただきたいと思います。晩秋の親里。修養科生は、各所で落ち葉掃きのひのきしんに勤しむ幸せへのカルテット四重奏元渕舞ボロメオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者ニューイングランド音楽院教授もう一度笑顔に先週、ひょんなことから救急病棟に入院することになった。救急病棟なので、大けがをした人や急病者が一晩中、救急車で搬送されてくる。痛みで泣き叫ぶ声や嘔吐する音などを聞きながら一夜を過ごした。私は急性の虫垂炎で手術を受けなければならないらしいが、それもいますぐではなく、ほかの患者に比べると大したことではないという。医師も看護師も私の部屋に来るときは、笑顔でホッとしているように見えた。こうして一人で仕事もなく、じっとしていることが全くない私は、スローモーションで先月からの出来事に思いを巡らせていた。すると、大事なことを思い出した。まだ私にできることがあるのではと思ったのだ。長年、主人にピアノを習っている13歳のC君のご両親は、いつもとても親切で気が利き、こちらが頼まなくても、先に手伝いを買って出てくださるような方だ。ところが2年前、C君のお母さんに末期のがんがあることが分かった。苦しいだろうにC君のことを一番に考え、ピアノのレッスンは続けてほしいと頼まれた。大好きなピアノを弾くことで、C君に幸せな時を与えたいと言っていた。この秋、がんは体中に転移し、これ以上治療しても助からないと知ったご夫婦は、C君を連れてヨーロッパ旅行に出掛けられた。まだ体が動くうちに、家族との思い出づくりに、いままで行きたかった場所を片っ端から回ってくると笑顔で話しておられた。お母さんにとってC君の喜ぶ顔が一番の特効薬だと思った私は、退院した日、C君の大好物であるいなりずしを作って届けた。C君はおいしいと言って全部平らげた。そのときのお母さんのうれしそうな顔を見て、もう一度この笑顔になってもらいたいと考えた私は、あるプランを思いついた。今週ある今年最後のボロメーオ弦楽四重奏団のコンサートに、C君の家族を招待したのだ。最前列でワクワクして座っているC君の顔が目に浮かぶ。このコンサートの間だけでも、悲しい現実を忘れる時間を過ごしてもらえるよう、心から演奏させていただこうと誓った。写真=AndrewHurlbut