天理時報2021年12月1日号4面
静岡の末吉喜恵さん少子化傾向が深刻さを増す日本社会。その要因の一つに、育児の心理的・身体的負担感の増大が挙げられる。核家族化が定着し、地域のつながりが希薄になるなか、育児中の孤立や不安から〝育児うつ〟になり、児童虐待につながるケースも少なくない。こうしたなか、自らも5人の子供を育てる傍ら、地域の商業施設の一角に支援センターを立ち上げ、子育てに悩む人々に寄り添う一人の女性教友がいる。「人の喜ぶ顔を見ることが、私の原動力なんです!」はつらつとした表情でそう話すのは、子育て支援団体NPO法人「よしよし」の代表を務める末吉喜恵さん(48歳・此岡分教会教人・静岡市)年に前身の子育てサークル「よしよし」を立ち上げて以来、5人の子供を育てながら地域の子育てに奮闘する人々の支援に取り組んでいる。母親になることは奇跡奈良県内の教会で生まれ育ち、「幼いころから、お道が大好きだった」。天理高校時代にはバトントワリング部に所属。卒業後は自教会で伏せ込みながら、少年会本部の鼓笛スタッフや、教会女子青年の委員長などを務めた。26歳のとき、結婚を機に静岡へ転居。パートやアルバイトをしながら家事をこなす生活が1年ほど続いたころ、妊娠の兆候があり、産婦人科を受診した。このとき、第一子妊娠と同時に卵巣に腫瘍があることが判明。「悪性だった場合、子供の命は諦めなければならない」との医師の言葉に、「目の前が真っ暗になった」と振り返る。ご守護いただきたい一心で、親神様にお願いし、おさづけを取り次いでもらったものの、不安ばかりが募り、精神的に追い詰められていった。安定期に入った5ヵ月目、医師と相談し、卵巣の一つを摘出することに。手術は無事成功し、腫瘍を検査したところ、良性と悪性の境目にある状態だったことが分かった。奇跡的なご守護を体験し、その後、無事に長女を出産することができた。「身上を通じて、母親になることは奇跡であり、決して当たり前ではないと実感した」長女の出産から3年後の2002年、30歳で双子を出産した。身上の影響もなく、子宝に恵まれたことに大きな喜びを感じる一方、「子育ては壮絶なものだった」。昼間は一人で3人の面倒を見て、夜も十分に眠れない日が続くなか、さらに追い打ちをかけたのが”孤独感〟だった。奈良から移り住んだ末吉さんには、家族や教会関係者以外に子育ての悩みを共有できる友人がいなかった。心身ともに追い詰められ、一時はふさぎ込む状態に陥ったという。そんなある日、静岡市主催の子育てサークルに初めて参加した。同じ悩みを持つ友人ができたことで、徐々に楽しんで子育てができるようになっていった。「助けて」と言えない親サークルに参加するうちに、子育て中の人が集まれる場をつくりたいと自らも考えるようになった末吉さん。そこで、バトントワリング部時代の経験を生かし、音楽を通じて体を動かす「リトミック」を楽しむ場を設けようと、2004年、子育てサークル「よしよし」を立ち上げた。月に一度、友人たちと活動を続ける中で、口コミで次第に評判が広まり、参加者が増えていった。3年後には、友人の協力を得て「ベビーマッサージ教室」を始めるなど、参加者の要望に応えて活動を広げていく。「子育てに悩む多くの人々と関わる中で、本格的に子育て支援をしたいと思うようになった」その後、産後の母親を対象にエクササイズをしたり、父親向けに絵本の読み聞かせ方を教えたりするなど、さまざまな支援活動を展開していった。すると1年には、年間の参加者が3千人を超えるように。活動に賛同してスタッフを務める仲間も増えてきたことから「安心して協力してもらえる環境をつくろう」と、1年にNPO法人を設立した。活動が軌道に乗るなか、ある課題に直面する。それは、最も困難な状況にある人たちに、支援の手が行き届かないことだった。「よしよし」の活動に自ら参加する人は、子育ての悩みの程度が比較的軽いケースが少なくない。一方、より深刻な問題を抱えながらも、社会から完全に孤立している人たちがいる。彼らを支援したくても、その手がかりがなかった。「気軽に立ち寄れる場所に拠点を設けたい」との思いから、商業施設の一角に支援センターを構えた「子育てをする人の気持ちを分かろうとすることから支援は始まる」と話す末吉さん