天理時報2021年11月17日号6面
教外者が見た天理神聖さの中に感じた馴染みやすさ女優・秋吉久美子さんが来訪女優の秋吉久美子さん(67歳)が来訪した。1972年に芸能界デビューした後、これまで数多くの映画やドラマに出演してきた秋吉さん。日本アカデミー賞優秀主演女優賞やブルーリボン賞主演女優賞のほか、2013年には『「わたし」の人生我が命のタンゴ』で、モナコ国際映画祭女優賞を受賞するなど、その演技は国内外で高い評価を受けている。また、芸能活動の傍ら、2007年から早稲田大学大学院で学び、公共経営修士を取得した。今回の来訪は、知人の紹介で知り合った大矢万三栄峰分教会長の提案によるもの。当日は、片山幹太・本島大教会長の案内で本部神殿で参拝した後、中田善亮表統領に面会した。秋吉さんは「神殿の建物からは、神聖な雰囲気の中にも馴染みやすさを感じました。宗教というのは、人間の体を流れる血液のように、社会になくてはならないものだと思う。世界中の人をおしなべて思いやり、仲良くたすけ合うことを説く天理教をはじめとする宗教のあり方は、格差が広がる現代社会において非常に大切だと感じます」と語った。中田表統領に面会する秋吉さん(写真左から二人目)読者のひろば介護の現場で教友と出会って原井節子(72歳・香川県)8年前、義理の両親を介護していた経験を生かして、介護職に就きました。当初は、人のお世話も同じようにできると思っていましたが、仕事となると想像以上に大変で、必死に勉強する毎日が続きました。ある日、利用者のAさんに、知り合いの教会長さんがおさづけを取り次いでいるところを偶然見かけました。実はAさんは、ようぼくだったのです。以来、顔を合わせるたびに信仰の話をするようになりました。利用者の中には、お世話をする中で機嫌を悪くする人もいます。でもAさんは、いつもニコニコして「ありがとう」と言われます。誰にも隔てなく親切なAさんの姿に、私自身が励まされ、たくさんの元気をもらいました。そんなAさんの影響で、私自身も周りの人に心を配ることができるようになり、仕事にも、やりがいや喜びを感じるようになりました。2年前、Aさんは安らかに出直されました。周囲に元気を与え続けたAさんの笑顔を胸に、これからもおたすけの精神で頑張っていきたいと思います。「支え合い」テーマに学級づくり山本恵子(60歳・東京都)小学校の教員として勤めて30年になります。その間、「支え合い」をテーマに掲げて学級づくりに努めてきました。毎年、子供たちが互いに励まし合いながら成長していく姿を目の当たりにし、大きな喜びを感じています。までは経験を重ね、若い教員を指導することもたびたびあります。ところが最近では、オンライン授業や新しい機材が導入され、こちらが教えてもらうことも少なくありません。そのたびに、人はいつも支え合って生きているんだと感じます。振り返ると、教会で生まれた私は、家族だけでなく、くの信者さんに温かく見守られながら育ちました。また、手話サークルに所属していた大学時代に、聴覚障害のある人と関わる中で、彼らの小さなことにも感謝する姿や明るく前向きな生き方から大きな学びを得ました。さらに、教育実習では「お互いの良い点を探す」という課題に、力を合わせて取り組む児童の姿に感銘を受けました。そうした経験が、教員生活の原点になっています。これからも子供たちに、互いに立て合いたすけ合う〝支え合い”の精神の大切さを伝えていきたいと思います。幸せへの四重奏元渕舞ボロメオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者ニューイングランド音楽院教授感謝祭思い出留学生活が始まった10月、ミシガンでは雪が降っていた。あの秋から渡米30年目を迎えた。あのころは全く知らないことばかりだったけれど、いまでは、驚くような文化の違いもあまり感じない。長くアメリカに住んでいても、いまだに国籍は日本のままだ。アメリカ国籍のほうが生活面では何かと便利らしいが、アメリカ国籍を取ると日本国籍がなくなってしまうので、自分の故郷を失ってしまうような気がして、いまだに踏み切れていない。一番アメリカらしいホリデーは11月の末にある感謝祭だ。大きなターキー(七面鳥)を焼いて、家族や友達が集まる。感謝祭の伝統は、ここニューイングランドで始まった。野生のターキーを近所で見かけるたびに、この鳥を焼いて土着の人々に感謝の印として贈った起源に思いを馳せる。これまでの感謝祭の思い出を家族と話していると、ヒューストンで知り合った老夫妻のことを思い出した。大学院時代、大学オーケストラのチケット売り場で行列に並んでいたご夫妻に、たまたま私が持っていたチケットを差し上げた。喜んだご夫妻は、コンサート後に私を感謝祭のディナーに招待してくださった。「お友達、何人でも連れてきていいよ」私は、いろんな国から来ている留学生の友達数人を誘って行った。ご夫妻は、大きなターキーを焼いて伝統的な感謝祭のご馳走を振る舞ってくださった。「私たちも子供らが結婚して、みんなで集まることが少なくなった。こうして若い人たちと食事ができて若返るよ」と大変嬉しそうだった。大学院を出て私がボストンに引っ越した後も、ずっとあいさつのカードを送り合って交流させてもらった。アメリカに家族がいない留学生同士が集まって、自国の料理を持ち寄って楽しんだ感謝祭もあった。故郷を遠く離れた寂しさを吹き飛ばすくらい楽しかった。2年分の思い出とともに、その間お世話になった方々や出会った友達への感謝を込めて、30回目の感謝祭は、家族と共に過ごせない生徒たちをすべて招待するつもりだ。ボストンの秋の夕景