天理時報2021年11月3日号6面
ハートフルエピソードまんまる絵・なんばなつこ温かいひと言に励まされはァ…毎日山のように仕事がある学校の先生も楽じゃないな・・・おやっ次の日元気がないように見えるが大丈夫か?先生実は・・・いろいろと聞いてもらってありがとうございます!おまた何かあれば話すんだぞ先生も大変ですね体調に気を付けて頑張ってください!たすけようと思って声をかけたのに自分のほうが元気をもらいたすけられたのだったありがとな四コマ漫画のもとになった「天理時報」(立教180年6月25日号)は、右記QRコードから読むことができます。読者のひろば心に浮かんだ教会のこと小池泉(52歳・大阪府大東市)現在、非常勤の看護師として、問診療の仕事をしています。軽度のうつ病を抱えているため、仕事のない日は精神支援センターへ通うなど、ストレスを極力ため込まないようにしていました。しかし、昨今のコロナ禍によって状況が一変。職場での会話を慎むようになり、支援センターの利用が制限されたことから、人と接する時間が減り、閉塞感を募らせる日が続きました。そんななか、2カ月前に気分が極端に落ち込み、思うように動けないほど心身ともに不調を来すようになりました。「このままでは仕事に支障が出てしまう」と悩んでいたとき、ふと心に浮かんだのは教会のことでした。しばらく足が遠のいていましたが、久しぶりに参拝したところ、不思議と心が温かくなりました。そして、抱えていた悩みを会長さんに打ち明けることができたのです。このとき、親神様はどんなときも温かく見守ってくださっていることを実感しました。教会を後にするころには、心のもやは晴れ、元気を取り戻していました。親神様のご守護を肌身に感じ、教会は「たすかる場所」だと、あらためて気づきました。これからも親神様への感謝の心を忘れず、教会とのつながりを大切に、日々を通りたいと思います。家族がコロナに感染して淺井あすか(25歳・三重県四日市市)結婚が決まり、翌々月に挙式を控えていた8月初旬のこと。自教会の月次祭祭典日の前日に、教会長子弟である私の弟が新型コロナウイルスに感染したことが発覚。急遽、祭典は教会家族のみで勤めることにし、その後は一家そろって隔離生活を余儀なくされました。当時は県内に罹患者が多く、医療機関や保健所は手いっぱいの状態。教会内では、母と弟ら4人が寝込んでしまったため、私を含む兄弟と父が協力して看病しました。その間、教会に住み込む役員さんや信者さんに朝夕のおつとめをお願いし、私たちは別室から神殿のほうを向いておつとめを勤めました。また、「ようぼくには、つとめとさづけがある。親神様・教祖におすがりし、感謝して通らせていただこう」という会長である父の呼びかけで、おつとめの後におさづけを取り次がせていただきました。こうしたなか、罹患した家族の症状は次第に軽くな1週間後には回復。家族以外に感染が広がることはありませんでした。思えば、結婚前にこのような節を見せていただいたのは、神様のお計らいだったのかもしれません。この節を通じて、つとめとさづけの尊さを、あらためて実感しました。この経験を話の台として、新天地でも、悩み苦しむ人の力になれるよう努めていきたいです。よろずの美の葉足元にある歴史作家澤田瞳子SawadaToko最近ふと目にして、「いいなあ」と思った品がある。それは小さなお子さんが時折履いている、靴底が光るスニーカーだ。初めて見た折はさして興味を惹かれなかったが、先日、近所のお子さんの足元がグラデーションに光っているのを見て、唐突に可愛いなと思った。調べてみると、最近は大人サイズの光る靴もあるそうで、近々、靴屋に行ってみようかと考えているが、思えば履物をあれこれ選べるのは実に現代的と思わずにはいられない。平安末期に描かれた『伴大納言絵詞』という絵巻物がある。そこに出てくる庶民の足元に注目すると、大半の人々は裸足。大火災の現場に駆け付ける野次馬までもがそうなので、火の粉を踏んで火傷しないかと心配になる。町中を庶民が行き交う場面では現在の下駄とほぼ同じ構造の足駄をはじめ、高足駄(高下駄)、草履や草鞋といった我々にもなじみ深い履物を履いた者もいる。そう、実は日本人の一般的な履物は、古代からつい最近までさして変化していないのだ。弥生時代に生きた女王・卑弥呼と邪馬台国に関する記述で知られる『魏志倭人伝』には、当時の日本人は「皆徒跳(みな裸足)」と記されている。一方で、日本最大規模の弥生遺跡・吉野ヶ里では木製履物らしき遺物も出土しているため、弥生時代の日本にはすでに履物があったらしい。裸足の者と履物を履いた者が混在する社会は、『伴大納言絵詞』の光景とひどく似通っている。とはいえ、これはあくまで庶民の話。上流階級に目を転じれば、奈良・平安時代の貴族は皮や木で拵えられた沓を履いていたことが、当時の法律書から分かる。しかもこれは足駄や草履とは異なり、足の甲まで覆う形で、現在の我々の靴に比較的近い。一昨年に行われた即位礼の際、今上陛下が履いていらした挿靴という木に錦を張った沓もその一種であるが、ほかにも奈良の正倉院宝物には繍線鞋という布製の愛らしい沓が残っている。これは当時の女官が室内で履いていたものらしく、草花の刺繍が美しい。そして足をくるむ形式の履くとなれば、当然、靴下も要る。当時のそれは襪と呼ばれ、ゴムは当然なかったため、結び紐を足首に結わえてずり落ちぬようにしていたようだ。ちょうど10月30日から始まった奈良国立博物館の正倉院展では、楽人が履いたこの襪が展示されるという。もしお出かけになられる際は、ぜひ注意してご覧いただきたい。