天理時報2021年10月13日号6面
TenriQRMusic紙上コンサート、音楽の秋に〝紙上コンサートはいかが全国屈指の実力を誇る管内学校の音楽系クラブの活躍を、記事とともに、QRコードから視聴できる動画を紹介する新コーナー「TenriQRMusic—-〝紙上コンサート」。第1回は、天理高校弦楽部の定期演奏会の模様と、7月の全国大会で「銅賞」を受賞した天理中学校箏曲部の演奏をお届けする。初秋に響く〝弦の調べ〟天理高弦楽部定期演奏会天理高校弦楽部は9月20日、第38回「定期演奏会」を天理市民会館で開いた。毎年秋に開催される「日本学校合奏コンクール」で金賞受賞を続けている同部。昨年、第1位相当の「文部科学大臣賞」の3連覇を逃したことから、今年は1位奪還を目指して練習を重ねている。コンクールに向けて準備した曲は、メンデルスゾーン作曲『弦楽八重奏曲』。上田真紀郎コーチ(43歳)は「メンデルスゾーンの作品は聞く人の心理を考慮されたものが多い。部の指針である『聞き手に喜んでもらう演奏』と一致することから、この曲を選んだ」と話す。当日のプログラムは2部構成。第1部は、おうた1番『やまさかや』で幕開けした後、コンクール曲の『弦楽八重奏曲』へ。4パートのバイオリン、2パートのビオラ、2パートのチェロがそれぞれの持ち味を生かしながら、澄んだメロディーを響かせた。第2部は、お楽しみステージ。同部おなじみの『情熱大陸』(葉加瀬太郎作曲)や、アイドルや俳優に扮した部員たちによるコミカルな演出で会場を盛り上げた。終盤では、引退する3年生が『糸』(中島みゆき作曲)をワンフレーズずつ弾いた。なお、天理高弦楽部の定期演奏会の動画は、天理教ホームページ「信仰している方へ」内の「天理教WEB動画」のコンテンツの一つ「JoyousSounds」で順次公開していく。QRコードから、天理高弦楽部の定期演奏会の動画をご覧いただけます。天理高弦楽部は、練習の成果を披露した(9月20日、天理市民会館で)全国大会で「銅賞」受賞天理中箏曲部天理中学校箏曲部は7月23日、2年ぶりに開催された第39回「全国小・中学生箏曲コンクール」中学校・団体の部に出場し、第3位相当の「銅賞」を受賞した。一昨年の同大会で金賞を受賞し、連覇を果たした同部。昨年は新型コロナウイルスの影響で大会が中止になったうえ、活動の休止や練習時間の短縮を余儀なくされた。昨年10月、課題曲である『箏五重奏曲三つのフェスタルバラード』(三木稔作曲)の練習を始めた。同曲は、ピアノ曲を箏合奏用にアレンジしたもので、ユニークな曲調の変化とアクセントの効いた旋律が特徴的だ。今大会は、事前に撮影した演奏動画による映像審査を実施。当日は、2・3年生の部員16人が練習の成果を遺憾なく発揮した。銅賞受賞に際して、審査員から「チームワークの良い演奏だった」「難曲をきちんと合奏したのは見「事」などのコメントが寄せられた。QRコードから、銅賞を受賞した天理中箏曲部の演奏動画をご覧いただけます。コンクールに向けて課題曲を演奏する天理中箏曲部(天理中学校講日本史コンシェルジュ歴女がご案内いたします白駒妃登美ShirakomaHitomi兄弟愛が生んだ高松藩松平家50年以上に及ぶ天下泰平の世を築いたた徳川家康。彼は九男・義直、十男賴宣、十一男・頼房に対し、それぞれ尾張(愛知県西部)名古屋、紀伊(和歌山県・三重県の一部)和歌山、常陸(茨城県)水戸に領地を与えました。これが、いわゆる「御三家」の起こりです。讃岐(香川県)高松藩松平家の初代・松平頼重は、徳川頼房の長男であり、水戸徳川家を継ぐ立場にありました。しかし頼重が生まれたとき、まだ跡継ぎの男子を授かっていない兄たちに頼房は遠慮しし、三男を水戸藩主に立てました。そそれれが、あの水戸黄門こと、徳川光一方、頼重は常陸下館茨城県筑西市)五万石の大名に取り立てられ、のちに讃岐高松十二万石に移されれました。その後、光圀は甥の綱綱條條に水戸藩を譲り、自身の子・頼常を高松藩主に据えます。本来なら兄・頼重こそが水戸の本家を継ぐべきだったと考えた光圀は、その兄の家系に本家を譲り、我が子を分家の当主としたのです。こうして頼房と光圀の父子二代にわたる深い兄弟愛から、高松松平家は誕生しました。高松松平家は、彦根(滋賀県彦根市)井伊家、会津(福島県会津若松市)松平家とともに、江戸城では代々、御三家に次ぐ格式の高い部屋を控室とし、幕府の閣僚と討議したり、将軍に直接意見を上申したりできる、特別な資格を与えられました。その高松松平家と井伊家の間に、幕末、慶事が起こります。彦根藩主・井伊直弼の次女・弥千代姫が、のちに第11代高松藩主となる松平頼聰に嫁いだのです。剣の達人であり、歌道や茶道も究めた直弼は、弥千代姫を慈しみ、茶の心を伝えていました。頼聰が彦根根城を訪れたとき、不在の直弼に代わって見事なお点前でもてなした弥千代姫の凛とした美しさに、頼聰が心惹かれ、当時の大名家としては珍しく、恋愛結婚で結ばれたと伝わっています。2年後、高松松平家に激震が走ります。幕府の大老を務める井伊直弼が、水戸浪士らによって殺害されたのです。高松松平家は水戸徳川家と井伊家の板挟みとなり、難局に立たされてしまいます。この「桜田門外の変」を機に幕府の権威は失墜し、政局は大きく変わっていきました。そして父を失った弥千代姫の悲しみも癒えぬなか、夫婦は家臣の進言で離縁することになります。ここから二人の運命がどうなっていくのか、次回ご紹介します。