天理時報特別号2021年11月号2面
家族のハーモニー優しく温かい義兄から受け継いだ命のバトン白熊繁一ShirakumaShigekazu1957年生まれ天理教中千住分教会長「ぞうさん、くまさん」私は周りの人たちから「くまさん」と呼ばれて久しい。それは「白熊」という、一風変わった名字に由来する。そして、私には大勢の人から「ぞうさん」と慕われる義兄がいて、それは「知三」という名前に由来している。知三さんは私より一歳上で、若いころは一緒に仕事をする機会が多く、私たちはよく「ぞうさん、くまさん」と、漫才コンビのように呼ばれた。知三さんは学生時代、アメリカの大学で哲学を学び、その後はさまざまな場面で通訳を務めるほど英語に精通し、頭脳明晰だった。ギター演奏や絵を描くことなど多彩な趣味を持ち、文筆にも人並み優れた才能を発揮した。何よりも穏やかな性格で、人に優しく、人との縁を大切にした。下戸だけれども、気を配って宴席を盛り上げるなど、お酒も宴も大好きな私とは楽しみ方を異にしていた。だから私としては、コンビのように呼ばれることがとても気恥ずかしく、申し訳なくさえ思っていた。そして、目標に向かって努力を惜しまない姿勢に、私は後々、大きく影響を受けた。私たちが若いころ、知三さんは夫婦で天理教のアメリカ伝道庁に赴任し、その後は天理教教会本部で海外布教や人材育成などの要職に就いた。一方、私は夫婦でブラジルへ渡り、日本語学校の教師を務め、その後は東京で教会長となった。私たちは共に、親から天理教の信仰を受け継ぎ、人だすけの人生を歩んできた。私は知三さんに会うたびに、その時々に抱えている悩みや、人への寄り添いの様子などを聞いてもらった。知三さんはその都度、真剣に耳を傾け、私のそうした日常を応援してくれていた。その姿がいつも優しく温かくて、うれしかった。遺されたメモ知三さんは、数年前から病と向き合っていた。お見舞いに行くと、奥さんを横に、窓から見える景色を愛でていた。ひと口の食事と、寄り添う奥さんに感謝し、何に対しても「ありがたい」と笑顔が絶えなかった。