祖父への感謝を胸に「面白いもの」描きたい フランス在住の芸術家 古市牧子さん – ようぼく百花
フランス・ニース市の国立マルク・シャガール美術館で現在、開館50年を記念する「シャガールと私!」展が開催されている。国籍、ジャンルを問わず、さまざまなアーティストがシャガールの作品から着想を得た作品を制作・展示する同展。全3部のうち、第1部(1月28日〜4月30日)では、フランスを拠点に活動する芸術家・古市牧子さん(36歳・福之泉分教会ようぼく)が招待され、自身が手がけた作品「毛むくじゃらの空、熱い雨」を披露した。
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「牧子」という名前は、大正から昭和にかけて活躍し、「麗子像」を手がけたことで知られる洋画家・岸田劉生に師事した祖父・巳能吉さんの雅号の一つ、「牧生」から一字を取って付けられた。
教会に生まれ、神殿に飾られた巳能吉さんの絵を見て育ち、自身も絵を描くことが大好きだった。学校から帰るとすぐに絵を描き、「昨日よりも、もっと良い絵を描きたいと思っていた」。
高校2年生のとき、京都で開かれた岸田劉生の作品展に、巳能吉さんの日記「安井巳之吉日記」と作品が展示・公開された。父・俊郎さん(71歳・福之泉分教会長・金沢市)に伴われて同展を訪れた際に祖父の日記を読み、初めて芸術家としての想いにふれた。
「まるで私のことのようだ――」
作品づくりに苦悩する姿や画家としての野心、良い絵を描きたいという気持ちなどを綴った祖父に自らを重ねた。その言葉に感銘を受けた牧子さんは、金沢美術工芸大学へ進学した。
大学では油画を専攻。制作に打ち込むとともに、以前から興味のあったフランス語を勉強するうちに、「フランスへ行きたい」との夢を抱くように。卒業後、渡仏してナント美術大学大学院へ進み、現在の画法である水彩画を学んだのち、日仏で個展を開くなど芸術家として活動。約900年の歴史があるフォントヴロー修道院(メーヌ=エ=ロワール県)の鐘の制作なども手がけた。
失敗を受け入れ次につなげる
在仏14年目となる昨年11月、グループ展に参加した際に、来場した国立マルク・シャガール美術館の学芸員から、「シャガールと私!」展への誘いを受けた。
美術館の展示スペースからはシャガールのモザイク画が見える。牧子さんはモザイク画と”対話”しながら制作開始。下絵を描かずに、モザイク画に描かれた預言者エリヤを取り囲む十二星座のように、自身が想像した架空の生き物たちが陽気にパレードするような様子を、色とりどりの色彩で表現した。
「普段から下絵を描かないのは、人生にはうまくいかないことや予想もつかないことが起こるものだから。それらは自分で消すことはできない。失敗をまず受け入れ、次につなげていくことを意識している」
シャガールは、ユダヤ教の家庭に生まれ、厳しい宗教的伝統に従いながら、規律ある穏やかな暮らしを送ったという。宗教は異なるものの、自身も天理教の教会で生まれ、信仰を身近に感じながら育ったことを学芸員に伝えたところ、作品に添えるプロフィールに、そのことが反映された。
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現在、作品づくりの傍ら、メーヌ=エ=ロワール県の要請を受け、県内の中学校4校で美術の教育プログラムに携わり、芸術にふれる楽しさを生徒らに伝えている。その際、絵の巧拙は問わず、失敗してもいいと教えている。
「自分が楽しいか、本当にそれを作りたいのかを、いつも大事にして制作に取り組んでいる。いまの自分があるのは祖父のおかげと感じる。戦争などの理由で絵を続けられず、道半ばにして出直した祖父への感謝を忘れず、その思いを受け継いで、祖父の分まで面白いものを作り続けたい」
下記リンクから牧子さんの祖父・巳能吉さんの作品が岸田劉生展に出品された際の、本紙過去記事を見ることができます。
https://doyusha.jp/jiho-plus/pdf/20230510_hyakka.pdf