第11話 「えほんの郷」計画 その2 – ふたり
のぶ代さんの「えほんの郷」計画は順調に進んでいるようだった。省吾さんから譲り受けた空き家を、時間のあるときに保苅青年が少しずつ改修して、据え付けの本棚がある図書室や、寝転がって自由に本が読める閲覧室にしていった。絵本の数もかなりふえている。本人が集めたものの他に、インターネットの呼びかけに応えて全国から本が送られてきた。ほとんどは家庭で不要になったものだ。
「なかにはつまらないものもあるし、捨ててしまおうかなと思う本もある。でもそれは子どもたちが判断すればいいことよね」
のぶ代さんたちが住んでいるのは、やはり省吾さんから借りている古い農家だ。ダイニングとして使っている部屋の、日当たりのいい窓際に置かれたテーブルで、いま三人はコーヒーを飲んでいる。この家でコーヒーを淹れるのは保苅青年の役目だ。のぶ代さんが主に喋り、カンはもっぱら聞き役で、保苅青年がときどき言葉を挟む。
「ここにはああしろ、こうしろとうるさく言う人はいない。難しいルールもない。やらなきゃならないこと、守らなきゃならないこと、とりあえず何もなくて、ただ絵本があって豚や鶏がいる」
そういう場所が、わたしにはたいして面白いとも思えないのだが、のぶ代さんにはまた別の考えがあるのだろう。
「親も先生も急ぎ過ぎていると思う」。彼女は言った。「なんにでも早く結論や結果を出させようとする。だから子どもはストレスを感じて疲れてしまう。やっぱり省吾さんのとこの豚みたいに育てるのがいちばん」
なぜここで省吾さんの豚が出てくるかというと、彼の豚の飼い方がちょっと変わっているからだ。まず餌をやる時間がきまっていない。世話をする人間の手が空いているときにやる。自然のなかで生きている動物は、餌を食べる時間も回数もまちまちだ。人間のように朝昼晩ときまった時間に食べる動物はいない。台風でも来れば二日や三日は食べられないこともある。それが普通であり自然である、というのが省吾さんの言い分だ。まだ他にもあるけれど、とにかく自然に近い状態で育てるほうがいいということらしい。
「そうやって育てられた豚はおいしい。肉の味がいい。それはカンも保証するでしょう?」
「なんだかおかしな理屈だなあ」。保苅青年が控えめに口を挟んだ。
「ちっともおかしくないわよ」。のぶ代さんは真剣な口ぶりで言った。「ちょっと休みたいとか、しばらくぼんやりしたいとか、そういう子に来てほしいの。こんな場所があることを知ってほしい。そして辛いときや苦しいときに、ここで過ごした時間のことを思い出してほしい」