天理時報オンライン

「できるところまで精いっぱい」の心で


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渡部京子(神昭分教会神予布教所長・86歳・岡山県倉敷市)

母の身上から、中学生のころに初めて神様のお話を聞きました。

25歳のとき、大きな身上をきっかけに志願した修養科で、私の人生が一変しました。治らないと思っていた身上をご守護いただくとともに、先案じの強い私の性格も、がらりと変えていただけたのです。ある先生から「人間思案、先案じ、取り越し苦労、これらは神様が好まれない心づかい」と聞き、私は「よし、この修養科で、そうした心づかいをお供えしてしまおう」と決めました。すると、それから一切、先案じの心が湧いてこなくなったのです。

たとえば、とてもできそうにないことに直面したとき、「できないかもしれないけれど、できるところまで精いっぱい頑張らせてもらおう」と考えられるようになりました。そうすると神様が先回りをして、ちゃんと困らないようにしてくださいます。そういう経験をたくさんしてきました。ですから、私には心配事がなく、感謝と喜びしかありません。

教祖百四十年祭が勤められる年、私は89歳になります。年祭の日には、教祖に真実のお供えをさせていただきたいと思っています。それが私のささやかな心定めです。

年金生活のため大層なことはできず、金額の目標は立てていませんが、できるところまで精いっぱい、させていただこうと思っています。

毎月、教会へ運ばせていただくお供えとは別に、年祭のお供え専用の袋を用意し、毎日、朝と晩に少しずつ、決まった額を入れています。

また、おたすけに掛かる際の理立てや、おさづけを取り次いだ相手の方から頂くお供えなども、同じ袋に入れさせてもらっています。この三年千日の、たすかってもらいたいという私の気持ちや、相手の方からのお礼の気持ちを、まとめて教祖に受け取っていただきたいからです。

私には子供が4人、孫が15人、ひ孫が19人います。そのひ孫の中に、6歳のダウン症の子がいます。その子は脚が弱く、お尻をついたまま動き回ります。近くに住んでいて、よく遊びにくるので、そのたびにおさづけを取り次いでいます。すると近ごろ、プヨプヨと頼りなかった脚に、見る見る筋肉が付き始め、つかまり立ちができるようになりました。みんなびっくりしています。こんなふうに、親神様・教祖に親心を掛けていただくことが多々あります。

私は本当に幸せです。教祖に、喜びいっぱいのお供えをさせていただける日が、とても楽しみです。