戦争は“戦略地図”を塗り替える – 手嶋龍一のグローバルアイ36
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ロシア・ウクライナ国境に戦火が上がって3年余り、この戦争が国際社会の風景を根底から塗り替えてしまうとは誰が想像しただろうか。エネルギー価格が高騰し、サプライチェーンも寸断され、極東の日本にも戦いの余波が及んでいるだけではない。この戦争は、もっと深いところで世界各地に地殻変動を引き起こしている。地球の裏側にある朝鮮半島の情勢を見れば明らかだろう。
ロシアがウクライナに牙を剥くまでは、”現代のツァー”の戦略地図に占める北朝鮮の地位はさして重いものではなかった。ロシアは北朝鮮と国境を接し、朝鮮戦争では共に米国と対峙しながら、プーチン大統領は四半世紀もの間、北朝鮮に足を踏み入れようとしなかった。朝鮮半島で米国と干戈を再び交える事態を望まず、それゆえ強権国家が核ミサイルを持つことを本音では喜ばなかったからだ。
だが、ウクライナ戦争が長期化し砲弾やミサイルが足りなくなると、ロシアにとって鉄路で結ばれた北朝鮮は重要な兵器廠となった。武器の取引を禁じた国連安保理決議を踏みにじっても、大量の兵器を調達し始めた。プーチン大統領はこのほど平壌を訪れ、北朝鮮が攻撃を受ければ支援すると謳った条約を取り交わした。朝鮮有事が起きれば米韓両軍に対抗して軍事介入辞さないと仄めかし、その見返りに武器弾薬を安定的に調達する道を拓いたのだった。
露朝の新たな連携を受けて、米国は台湾有事に備える軍事力を朝鮮半島にも振り向けざるを得なくなるだろう。その結果、東アジアに生起する”二つの有事”に備えなければならず、米国は抑止力を大きく殺がれてしまう。岸田総理は先に米議会で「アメリカが助けもなしに単独で国際秩序を守ることを強いられる理由はない」と演説し、日本は米国を支えると訴えた。だが、国家の安全保障は軍事的能力と意志があいまって初めて全うされる。漫然と防衛費を積み上げ、同盟国にエールを送るだけではかなわない。そこには一国を率いる政治指導者の透徹した戦略眼と揺るぎない決意が求められる。だが、この国にそんなリーダーは果たしているのだろうか。