今どきの風邪 – Well being 日々の暮らしを彩る 5
2025・3/26号を見る
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風邪はとても身近な病気。かつてはクリニックへ行くと、熱でだるそうだったり鼻をかんだり咳き込んだりする人が、たいていいたものだ。
コロナ禍最初の頃、発熱患者を診ないとする貼り紙が、そこここのクリニックに出たときはインパクトがあった。私は別の疾患でクリニックへ通っていたが、そこでも診察券を受け取る前にまず「風邪症状はありませんか」。私はたまたま「いいえ」だったものの「はい」ならばどうなるのか。「おちおち風邪を引けない」と身構えた。
その風邪を久々に引いた。コロナがインフルエンザと同じ五類になって二年後の春。節々のだるさがただならず、近くのクリニックに電話をすれば「外でお待ちいただくと思うので暖かくしてきて下さい」。風邪症状があれば発熱の有無にかかわらず、他の患者さんと動線を分けて診るのが、今は一般的らしい。
合理的だと思うけど、実際に外で待つのは体力的につらいものが。クリニックは親切に、ドアの外に椅子を置き、温風器まで私の前へコードを引っ張ってきてくれるが、まったく効かない。冬の間家の台所で使っていた温風器の方がまだ威力がありそうで、何なら寄付しようかと思うほど。外では効かないものなのか、あるいは私の熱が上がっているのか。家で計ったときは36度台。念のため防寒インナーに裏起毛パンツ、季節外れのダウンコートまで着てきたけれど半端でなく寒い。
ドアのガラス越しに待合室や診察室の入口が見えている。来る人来る人全員が快活そうに感じられる。例えば今会計をしているご婦人は、春らしいピンクのコートに同系色のタイツだ。この寒さにタイツ一枚で耐えられる元気さ、コートとコーディネイトする余裕、受付の人と話すようすの朗らかさ。かつてはクリニックに風邪っぽい人がいると、なんとなく距離を置いたものだが、今は私が、できるだけ迂回して通りたい人になっているかも。
患者さんが途切れたところで招じ入れられ、別の診察室へ案内されて、ヘアキャップ、マスク、ゴム手袋で防護した医師が綿棒のようなものを鼻へ。これが噂のコロナを調べる検査か。
コロナ、インフルエンザともに陰性。ならば何者? と思うが、風邪をもたらすウイルスは二百種類以上あるという。
「風邪を治す薬はない」と昔からいわれるとおり、症状を和らげウイルスと戦う体力を保つための薬をもらって、後は時間の経過と自然治癒力に任せた。
この春から風邪は、コロナやインフルエンザと同じ五類になるとのこと。身近な風邪の印象が、また少し変わりそうだ。
岸本葉子・エッセイスト