タイガース – 世相の奥
2025・4/2号を見る
【AI音声対象記事】
スタンダードプランで視聴できます。
阪神タイガースというプロ野球の球団がある。あのタイガースというひびきは、英語として不適切である。タイガーの「ガー」は有声音であり、複数のエスもにごって発音されなければならない。すなわち、タイガーズが妥当な表記となる。
しかし、たいていの人はタイガースになじんできた。とりわけ、野球好きには、そちらのほうがとおっている。
英語の試験では、これがひっかけ問題になりやすい。つぎの複数形は、どう発音したらいいのでしょう。清音ですか、それとも濁音になりますか。そんな問題に、しばしばtigerはとりあげられてきた。これへ、球団名にひきずられ、清音とこたえ失敗する生徒は少なくない。
アメリカのデトロイトに、タイガーズという球団がある。これを日本のテレビや新聞は、よくタイガースと報道する。阪神の好敵手ともくされるジャイアンツの親会社である読売新聞も、その点はかわらない。日本テレビをふくむ読売グループも、阪神球団にまどわされている。
沢田研二たちがくんだバンドも、「ザ・タイガース」を名のってきた。「ザ・タイガーズ」にはなっていない。阪神球団は、音楽業界方面にも感化力を発揮したようである。
20世紀なかばごろには、似たような名称の球団が、たくさんあった。松竹ロビンス、大洋ホエールス、国鉄スワロース。初期のプラカードを見るかぎり、みな「ズ」と言うべきところを、「ス」ですませている。
英語の発音にしたがわないこういう球団は、のちにその多くがなくなった。あるいは、球団名をかえている。たとえば、スワロースは、あとでスワローズ(ヤクルト)に改名した。
古くからつづく球団で、英語の発音にあらがっているのは、今や阪神だけである。読売ジャイアンツやソフトバンクホークスは、無声音に複数をしめすエスがつく。だから、清音による処理でかまわない。ジャイアンツやホークスというひびきは、英語の規則にかなっている。
阪神タイガースに改名をせまりたいわけでは、さらさらない。むしろ、逆である。タイガースは、日本化した外来語にほかならない。もはや、日本の語彙であり、そのまままもられてしかるべきである。英語の発音にあわせる必要はない。私はこの球団名に、グローバリズムへの抵抗精神を読みとっている。
井上章一・国際日本文化研究センター所長