何よりも大事な「旬」- 綿のおはなしと木綿のこころ 第2回 種蒔き
2025・5/14号を見る
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江戸時代から明治時代中ごろにかけて、綿作が盛んだった奈良盆地。20年近く綿の自家栽培に取り組む筆者が、季節を追って、種蒔きから収穫・加工に至るまでの各工程を紹介する。
いよいよ綿作りのシーズンの幕開けです。綿の栽培期間は、大和国(奈良県)では稲作とほぼ重なります。この辺りでは、綿の種蒔きも雑節の「八十八夜」が目安にされていたようで、今年も5月3日に種蒔きをしました。
例年、一般の方々にも参加を呼びかけており、今年は特に11月に天理市で開催される「2025全国コットンサミットin天理――第10回記念大会」の関連行事として広く紹介されたことにより、過去最多の90人近くの参加がありました。約1反(300坪、1千平方メートル)の畑に7列の畝を立て、和綿と洋綿とも呼ばれる2種類の種を約2千粒蒔きます。おかげで作業はあっという間に終了しました。
綿の種蒔きに向けて、立春ごろから畑の準備を始めます。栽培計画を練り、土を耕し、畝を立てます。春分ごろから草刈りを兼ねてさらに耕し、種蒔きの1週間前までにビニールマルチ(畝を覆う黒いシート)を張ります。このとき、土に混ぜる元肥を入れることもありますが、今回はあえて施しませんでした。元肥を入れすぎると、かえって実付きが悪くなる場合もあるからです。マルチを張るのは、雑草を抑えるのと、土の乾燥を防ぐためです。ただ、近年の異常高温下では、真夏に土の温度が高くなりすぎて根を傷めてしまう可能性があるので注意が必要です。
ビニールマルチを張った後は、植え穴を開けていきます。間隔は60~80センチを基本にしていますが、今回は30センチ間隔で密植する畝も作ってみました。江戸時代の文献を見ると、密植してあえて背丈を低くしている様子もうかがえるからです。一つの穴に3粒ずつ種を置いていきます。3点蒔きという方法で、成長が安定してきた段階で間引きを行い、一本立ちにします。
綿の種は、前日から一晩水に浸けておくと発芽が早まります。早ければ2日で芽を出す場合もあります。水に浸けなくてもだいたい2週間で発芽します。
種を蒔くときに注意しなければならないのは、種を土深くに埋めないことです。綿は好光性のため、土の上に種を置いて軽く指で押さえ、パラパラと土をふりかけておくだけで大丈夫。水と温み(気温)と光さえあれば発芽します。小豆ほどの堅い種が、火水風の恵みを得て芽を出す姿(実際は最初に出てくるのは根)は、いつ見ても感動的です。
そして、何よりも大事なのは「旬を外さずに種を蒔く」ということです。「旬」とは魚介類や野菜、果物などのよく熟して味の最もよいときを表すことから、転じて「物事を行うに適した時期」を意味します。
私は綿の栽培と同時に野菜の栽培にも取り組み、農事に携わって初めて旬に種を蒔くことの大切さを身に染みて知りました。同じ種でも旬を外すと、育ち方や収穫に大きく影響します。種蒔きが1週間遅れると、収穫が1週間遅れるだけだと安易に考えていましたが、そんな簡単なことではありませんでした。半月遅れただけで、結局成長しなかったこともあります。「八十八夜に種を蒔く」「彼岸に双葉」「土用干し」など、二十四節気や雑節は農事には欠かすことのできない旬を表す大切な指標でもあったのです。
今日を逃せば旬を外すとなった場合は、多少の無理をしてでも種を蒔き、作業にかかります。「旬」の大切さを、農事を通してあらためて教えられた気がしています。
梅田正之・天理教校本科研究課程講師