サッシの施錠 – Well being 日々の暮らしを彩る 8
2025・7/9号を見る
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戸締まりに関しては厳重である。家にいるとき玄関のカギはもちろん窓のカギもすべてかける。ひと頃多かった窓からの侵入事件で、となり町の家がニュースに映ったときはゾッとした。幸い怪我はなかったそうだが、どれほど恐ろしい思いをされたか、察するに余りある。以来かなり神経質だ。
ある日近所を歩いていたら、まばらな生垣を通して家の中が丸見えで驚いた。トレパン姿の男性がゴルフクラブを手入れして、傍らでは子どもが野球ボールを転がし犬と遊んでいる。奥の部屋ではテレビの画面が賑やかに。こんなに見えてしまっていいのか。危険すぎる。
後で考えた。あれは牽制のためわざと見せているのでは。「大家族ですよ、スポーツマンですよ、犬もいますよ、やりにくいですよ」と。侵入者は下見に来るものだと聞く。
ひとり暮らしの私はたぶん「やりやすい」家。家族構成や部屋の配置など知られぬようにしなければ。カーテンはなるべく閉めておくことにした。
防犯だけでなく節約も期待できそうだ。外の暑さ寒さの影響は窓からいちばん大きく受けるという。冷暖房の効きをよくして、電気代の節約になれば。
昼間もカーテンを閉めているのは、要塞に住んでいるような心持ちである。むろん洗濯物を干すときは開ける。ただし出入りのたびこまめに閉めて。虫を防ぐためもあるが、ほとんど習慣的な動作となっている。
ある日も庭へ出て閉めた際、半月形のサッシ錠が何のはずみかかかってしまい焦った。庭を右往左往し表へも回ったが、寝室、居間、どの部屋の窓もドアも施錠してあり、蟻の入る隙すらない。近所の人の助けでカギの業者に来てもらい、ようやく入ることができた。要塞から自分まで閉め出してどうする。
無意識に閉めてしまう窓。万一またはずみで施錠されてしまったときに備え、洗濯物を干すときは、玄関ドアのカギを持つか、他の部屋の窓を解錠しておかないと。気をつけたかいあって、その後は自分を閉め出すことなく、侵入事件のニュースも少なくなっていった。
先日、気持ちよくめざめてベッドで伸びをした。「たまには健康的に朝日を浴びて起きるか」。頭の上のカーテンを開け、目を疑った。サッシが施錠されていない。洗濯物を干すとき「万一」のためにはずして、そのまま忘れたのか。いったいいつから?
遅ればせながらゾッとする。ガラスを割るまでもなく、指一本でサッシを引き開け入れてしまう。怖すぎる……。
大きな穴が空いていた要塞。気を引き締めて防犯につとめよう。
岸本葉子・エッセイスト