業界の第一線で活躍する道の経営者たちが世界へ – 新春企画 ようぼく百花 ワイド版
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建設、サービス、メディア――。日夜、さまざまな分野で教えを胸に、その力を発揮し、活躍を続けるようぼくがいる。ここでは、業界の第一線で躍動し、世界に目を向け、新たなステージへ挑む“道の経営者”2氏を紹介する。
信仰に基づいた支援の輪を海外へ広め
株式会社大和建設代表取締役
清水巌一さん
東南アジア・カンボジア北西部のバタンバン州。州都のバタンバンから北へ40分ほど車を走らせた農村部にあるトゥールタナン小学校の再建設に携わったのは、奈良県大淀町で株式会社大和建設代表取締役を務める清水巌一さん(44歳・髙邁分教会ようぼく)。信仰初代で天理高校柔道部OB。地元で天理柔道の精神を伝える道場を開き、「教祖の道具衆として精いっぱい働かせていただきたい」と会社経営に努めるなか、8年前から“人だすけ”を掲げ、カンボジアで教育支援などに力を尽くしている。
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奈良県中部・大淀町で建設会社を営む両親のもとに生まれ、5歳のころ柔道を始めた。中学生のとき、テレビで天理高柔道部員が果敢に戦う様子を見て、その姿に憧れ、天理高への進学を決めた。
柔道部では、勝ちにこだわるのではなく、健康な体で柔道ができる喜びを味わい、感謝の心で取り組む大切さを教わった。そして、信仰にふれる中で「人救けたら我が身救かる」の教えが心に残り、「それがいまの活動の原点になっている」という。
その後、「天理柔道の精神を伝えたい」と道場建設を決意。平成21年11月、自宅隣接の敷地に「大和柔心館清水道場」を開設した。道場奥の神棚に神実様をお祀りし、清水さんの勧めでおさづけの理を拝戴した両親も含む家族と共に、講社祭を毎月勤めている。
「後継者講習会」にヒントを得る
時は流れ28年末、高校の同級生から「カンボジアの建設会社が日本での業務提携先を探している」と連絡が入った。当時、漠然と「海外で何か人をたすける活動に携われたら」と考えていた清水さんは、年が明けてカンボジアへ渡り、関係者らと交渉を重ねた。
一方で、“ようぼく経営者”として思い悩むところがあった。「八つのほこり」の「ほしい」の心づかいについて、「“仕事が欲しい”という気持ちを持たずに経営するのは難しい。こんな考え方で、私はお道を信仰できているといえるのか」。
そんななか、翌29年に「後継者講習会」を受講。「お道を信仰する各々がしている仕事も、すべて神様の御用である」という講話と、“はたらくようぼく”として活躍する経営者のインタビュー動画を見る中でヒントを得る。
「“神様の御用” 。そう考えると、道路を整備して人と人、街と街をつなぐ、河川や山間部を整備して人々を災害から守るなど、人の命と財産を守る尊い仕事をさせていただいているんだと感じた」
以後、清水さんは、この考え方を社員にも広め、「与えられるすべてが神様からの御用であるとの思いで、教祖の道具衆として精いっぱい働かせていただいている」という。
人だすけができる人を育て
カンボジアでのプロジェクトに奔走するなか、ある人物と出会う。同国政府で働く傍ら、貧困にある農村部に病院や学校を建て、生活支援などの活動に取り組むカンボジア人のイム・シップ氏と交流を深めていく。
シップ氏の活動に感銘を受けた清水さんは、30年12月、大淀町教育委員会の協力を得て、バタンバン州の農村部の子供たちにランドセルを寄付した。
その後、「水不足にあえぐ集落に井戸を」と相談を受けると、神崎寛美・髙邁分教会長の協力のもと、教会で寄付を募ることに。多くの教友の賛同を得て、令和2年5月に井戸が完成した。「現地の人々の喜びの声を聞き、親神様のご守護の一つである『水』のご守護の有り難さを感じてもらえたことがうれしかった」と振り返る。同州には現在、清水さんらが手がけた井戸が32基存在する。
コロナ禍の支援などを経て、5年5月には同州トマコル郡にある老朽化したトゥールタナン小の再建設に着手。同年10月、五つの教室を備えた校舎が完成し、現在、約170人の児童が学んでいる。
このほかにも日本語教室を開いたり、サッカー大会を催したりするなど、さまざまな支援活動を展開している清水さん。体調不良を訴える住人と出会った際には、おさづけを取り次いでいる。
現在、大和建設には清水さんの理念に共感したカンボジア人が12人在籍する。なかには、清水さんが開いた日本語教室で日本語を学んだ元生徒も。会社近くにカンボジア人社員の寮を整備し、彼らが働きやすい環境づくりに努めている。
また彼らは、道場で勤められる講社祭に参拝し、神崎会長から教えを聞いているという。


「将来、日本で学んだ技術をもとに彼らが母国で会社を立ち上げ、道や水路を整備することで、人だすけにつながれば」と思いを語る清水さん。7年7月には「彼らに目標を持たせたい」と、カンボジア人社員の主導で同小の敷地内に小便器1基と個室4室を備えたトイレを新設した。
清水さんは「常に自分の心を神様のほうへ向け、おたすけをさせていただく思いで、仕事に取り組んできた。ゆくゆくは社員が、母国で困っている人をたすけられるようぼくになってくれたらと考えている。将来、カンボジアの地で、お道の信仰に基づいた支援の輪が広がるようになればうれしい」と話している。
介護×田舎暮らし
老後を自分らしく過ごせる場所を

株式会社ひだまり介護代表取締役
稲葉耕太さん
京都府の中央に位置し、老年人口比率が44.5%(令和2年国勢調査)と高齢化が進む京丹波町で、介護施設「くろまめさん」を運営するのは、株式会社ひだまり介護代表取締役の稲葉耕太さん(42歳・髙原分教会ようぼく・京都府亀岡市)。平成20年の起業以後、昔ながらの暮らしにヒントを得た独自の介護サービスを提供してきた。こうした活動をSNSで発信したところ、その介護メソッドが反響を呼び、現在のSNS総フォロワー数は約36万人を数える。
「利用者の“おじいさん・おばあさん”から田舎暮らしの知恵を教わりながら、畑仕事などで一緒に体を動かす中で、利用者が自分らしく生き生きと過ごし、元気になっていく姿を何度も目の当たりにした。ここが皆で共に支え合って楽しむことができる、陽気ぐらしのできる場所になるよう意識している」
教えを心の拠り所に
教会長の四男として生まれ育ち、介護の専門学校を卒業。その後、介護施設に就職したものの、「ご飯もお風呂も、まるで“流れ作業”だった。『利用者は本当に幸せなんだろうか』と疑問が募り、一人ひとりとしっかり向き合う介護をしたいと、独立することを決めた」。
稲葉さんの思いに賛同した二人の先輩介護士と共に「株式会社ひだまり介護」を起業し、古民家を借りてデイサービス事業を開始。そのうち、利用者が土間で自ら料理を作ったり、庭の畑で農作物を育てたりするようになった。
そんななか、26年、利用者Aさんの家族から宿泊利用の打診を受け、Aさんに限り受け入れることになった。
ある日、Aさんが施設内で転倒し、寝たきりの状態に。「本人にもご家族にも申し訳なく、ただ謝ることしかできなかった。所属教会へ何度も足を運び、お願いづとめを勤めてAさんの回復をひたすら願った」。
Aさん家族との話し合いの末、Aさんを最期まで施設で預かることを決意。退院したAさんを施設に迎えた日の夕食の際、稲葉さんは動けないはずのAさんが自ら体を動かして食べ物を口に運ぶ姿を見て驚いた。
「奇跡が起きたと思った。親神様のご守護を感じ、うれしく思うとともに、利用者の命に関わる仕事に携わっているという自覚が足りていなかったことを反省した」
その後、Aさんは家族と職員に見守られながら、施設で息を引き取った。以後、稲葉さんは施設で宿泊と看取りも行うことを決めた。
「心が沈みそうな中でも、お道の教えを心の拠り所にして、物事を前向きに捉えるとともに、自身の務め方を省みて低い姿勢で通ることを意識することで、Aさんとご家族に向き合うことができた。最期の瞬間まで、利用者が自分らしく生きられる場所でありたいと心を新たにした」
29年、サービスの拡充に伴い、利用者が増えたことから、場所を変えて施設を新築。「くろまめさん」として新たなスタートを切った。
海外へノウハウを伝え
自分の家のように過ごしてもらいたいと、あえて古民家を模して設計された同施設。土間には釜があり、リビングには薪ストーブを設置するなど、昔ながらの暮らしができる造りになっている。
また、これまで培ってきた介護技術や利用者との心温まるエピソードをインスタグラムなどのSNSで発信するなか、投稿を見た人から「介護技術を学びたい」という声が数多く寄せられたことから、「介護の寺子屋くろまめさん」と銘打った研修会を毎月開催している。さらに、各地の福祉施設が実施する研修会などに招聘され、自身の経験を伝えている。
令和7年4月には、介護の現場で起りうる問題の解決法や介護の知識、心構えなどを記した著書『介護の大ピンチ解決します』(KADOKAWA)を出版した。
稲葉さんのSNSの投稿は、海外の福祉関係者からも注目を集めている。今後、インド、中国、台湾へ赴き、現地の介護の現状調査を行うとともに、ノウハウを伝える研修会を開く予定だ。
稲葉さんは「利用者の一人ひとりと信頼関係を築いていく中で、毎日のように笑いあり涙ありの物語が生まれることが介護の魅力。これからも、一人でも多くの人が老後の人生を最期まで自分らしく、幸せに過ごせるよう、陽気ぐらしの教えを胸に自分の持てる知識、技術、経験を世界に伝えるとともに、介護の魅力を発信していきたい」と語った。






