三年千日の旬に 海を越え心の成人めざし – 修養科の四季 海外特別版
2026・1/28号を見る
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ぢばに伏せ込み、授業やねりあい、ひのきしんなどを通じて心の成人を目指す修養科。昨秋の第1011期では、9年ぶりに「ポルトガル語クラス」が開講されるなど、海を越えて3カ月の“修養の日々”を送る教友たちの姿が見られた。ここでは、本紙連載「修養科の四季」の海外特別版として、教祖140年祭へ向かう三年千日の旬に志願した海外出身の教友たちの中から、感話大会に登壇した信仰初代の2氏の感話を紹介するとともに、「ポルトガル語クラス」の修養科生の様子を写真で振り返る。
誰かの人生に光を届けられる人に
ドルジスレン ダワドルジさん
25歳・玄洋分教会所属・モンゴル
モンゴルで生まれ育った私は13歳のとき、中学校の日本語の先生が企画する観光で初めておぢばに帰りました。
その経験を通じて日本やおぢばのことが好きになり、「こどもおぢばがえり」の海外少年ひのきしん隊に毎年参加し、高校卒業後は天理教語学院に入学。ようぼくの仲間入りを果たすとともに、両親と二人の姉をおぢばに導き、家族もおさづけの理を拝戴しました。
このたび、教えをもっと深く学びたいとの思いから志願しました。
一つひとつの出来事に感謝の心を忘れず
修養科では、クラスメートと共に授業やひのきしんに励みました。日の出前から始まり日没後も続く、忙しくも充実した日々の中で、私は一つの大切な気づきを得ました。
私は、それまでの人生について「自分の力で生きている」と思っていました。日本語を学んだことも、大学を卒業したことも、すべては自分の努力の結果だと考えていたのです。
しかし、おぢばでの生活を通じて、私たちは決して一人で生きているのではないと気づきました。愛情深い両親やきょうだい、心を分かち合える友人、そして何よりも親神様・教祖が、常にそばで支えてくださるからこそ、どんなときも笑顔を忘れず、前へ進む勇気が持てるのではないかと感じました。誰一人として、“自分の力だけで生きている人はいない”と理解したのです。
同時に、それまで受けてきた多くのサポートに対して、十分に感謝できていなかったことにも思いが至りました。その理由は、あまりにも多くのことを「当たり前」と受けとめるあまり、日々の有り難さに気がつかず、感謝の心を忘れてしまいがちだったからかもしれません。
親がそばにいることも、両手や両足があることも、夜に寝て朝に目覚めることも――。こうした日常の一つひとつの小さな出来事にこそ、感謝の心を忘れてはいけないと学びました。
3カ月目には「人救けたら我が身救かる」の教えについて、あらためて考えるようになりました。知り合いはもちろん、たとえ見知らぬ人であっても、その人のちょっとした行いが、私たちの生活を支えていることに気づくことが大切であり、そうした意識を持つことで、人をたすけることの尊さを心から実感できると思うようになったのです。
おぢばでの3カ月は、これからの人生のあり方を大きく変える、かけがえのない時間になりました。修了後はモンゴルに帰国しますが、おぢばで過ごした日々、ここで感じた温かな心を生涯忘れずに大切にしていきたいと思います。そしてこれからは、誰かのたすけとなり、誰かの人生に光を届けられる人になることを目標に通っていきたいです。
生まれ替わりの教えを学んだ3カ月
デルガド ゾロガストゥア ガビー マリッツァさん
65歳・廣船分教会所属・ペルー
ペルー出身の私は、結婚を機に来日しました。15年目を迎えたころ、夫の体調が次第に悪化していきました。
家庭を支えるため家の近くで働ける職場を探し、近所の会社で採用してもらうことになりました。社長は天理教の信者であり、社長やその家族は夫に親身に寄り添い、病気平癒を願ってくださいました。その温かい姿にふれるうちに、私の心に少しずつ信仰への関心が芽生えていきました。教会へ足を運び、月次祭に参拝するようになり、おさづけの理を拝戴してようぼくになりました。
夫のたすかりを教会で必死に願うなか、夫は医師も驚くほどの回復を見せ、痛みや発作は次第に和らいでいきました。その後も救急搬送やICUへの入退院を繰り返しましたが、そのたびにご守護を頂き、家族で支え合いながら日々を過ごすことができました。
しかし、やがて寿命を迎える日が訪れました。息子と二人で病院へ向かうと、夫は手を握り、「ありがとう」と涙を流し、2025年4月、静かに出直しました。
当時は受け入れられず、悲しみに暮れるなか、会長さんから修養科を勧められました。すぐには決心できませんでしたが、5カ月後「おぢばで気持ちを整理しよう」と、修養科志願を心に決めました。
「神さんめどやで」 お言葉を心に治めて
修養生活がスタートし、クラスメートと共に教えを学ぶ中で、人と支え合って生きることの尊さを、少しずつ感じるようになりました。
また、修養科に入って間もないころ、最も親しい友人から電話がありました。その内容は「がんと診断された。会いに来てほしい」との連絡でした。私は修養科での学びの最中であり、すぐには行けないことを伝えると、彼女は「回復を祈ってほしい」と頼むのです。それから毎朝、本部神殿でのおつとめの際にお願いを続けました。
しかし、2カ月目の10月3日、彼女が亡くなったと、息子から連絡がありました。とても寂しく、胸が締めつけられる思いでした。
しかし、同時に以前のような悲しみはありませんでした。
それはなぜか――。お道と出合う前に信仰していた宗教では、人は亡くなると体も魂もなくなると教えられていたため、知り合いを亡くすたびに、深い悲しみに包まれていました。けれども、今回の修養科で、人が亡くなっても魂は消えず、親神様の元に帰り、また新しい体をお借りして生まれ替わると教えていただき、その友人もいつか生まれ替わってくると思うことができたのです。
以降、夫が出直したことについても、寂しさはあるものの、悲しみは薄れていきました。なぜなら、来年1月に息子に子供が生まれる予定だからです。もしかしたら夫が生まれ替わってくるかもしれない――。そう思うと、先の楽しみが見えてくるようになりました。
3カ月の修養生活を了えようとしているいま、教祖のお言葉の中で、特に心に残っている言葉があります。
それは「人がめどか、神がめどか。神さんめどやで」(『稿本天理教教祖伝逸話篇』123「人がめどか」)というお言葉です。このお言葉を心に治めて、これからの人生を前向きに勇んで歩んでいきたいと思います。
PHOTO GALLERY 修養科ポルトガル語クラス






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