町工場から宇宙へ――信仰と技術で描いた“ものづくりの軌跡” – ヒューマンスペシャル
「はやぶさ2」の部品を製作した安田製作所代表取締役社長
安田實さん
2020年12月、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウの岩石を採取し、6年越しの帰還を果たした。初代「はやぶさ」に続き、小惑星のサンプルを地球に持ち帰ったニュースは、コロナ禍で閉塞感が漂っていた日本列島を沸かせた。この歴史的偉業を成し遂げた「はやぶさ2」の機体を構成する部品の一つを製作したのが、安田實さん(73歳・南前橋分教会つくし野布教所長・東京都町田市)が代表取締役社長を務める「安田製作所」だ。6人の従業員の平均年齢が70歳を超える町工場は昨年12月、JAXAから感謝状を授与された。主に真空ポンプ(コラム参照)を製造し、さまざまなメーカーや大学の研究室から受注する同社は、創業から76年にわたり、歴代ようぼく社長がお道の教えを胸に経営してきた。町工場から宇宙へ――。信仰と技術で描いてきた、安田製作所の“ものづくりの軌跡”をたどる。
9月某日、群馬県前橋市に工場を構える安田製作所の事務所に、大量の注文用紙が貼り出されている。取引先には大手企業や国立大学が名を連ねる。
一方、金属を削る甲高い音が響く工場内では、職人肌の6人の従業員たちが真剣なまなざしで仕事に打ち込む。
「従業員と“一手一つ”に、人さまに喜んでもらえる製品を作りたい」
安田製作所2代目社長の安田さんは、信仰を柱に町工場を経営してきた。
「人さまの喜び」を第一に
1946年、父・利雄さんが東京都内に「安田製作所」を設立。「地球上に空気がある限り、真空状態を作り出す技術は、この先もずっと必要になる」との信念のもと、真空機器事業を展開してきた。
「父は従業員を連れておぢば帰りを重ね、毎月の講社祭にも参拝を呼びかけるなど常に信仰を柱としてきた」
若かりしころの安田さんは、従業員の一人として“父の背中”を見てきた。その中で信仰者としての考え方や、日本のものづくりを支える職人の技を身に付け、92年、2代目社長に就いた。
当時の日本はバブル崩壊により、各地の町工場などが相次いで倒産。安田製作所も売り上げが大幅に減少したが、新米社長は父の言葉を頼りに奔走した。
「世界並みの考えじゃいかん。常に信仰の観点から物事を考えることが大切だ」
安田さんは経営がどれほど苦しくても、目先の損得ではなく、「人さまに喜んでもらうこと」を第一に製品を作ろうと、従業員たちに呼びかけてきた。
「このままでは倒産するかもしれないと思ったことが幾度もあった。そのたびに新たな企業から大口の注文が入り、経営を立て直すことができた。先代の時代から、どんな困難にあるときも、不思議と結構にお連れ通りいただき、信仰のありがたさを強く感じてきた」
信頼が部品製作のきっかけに
数々の困難を乗り越えつつ、従業員が職人としての腕を磨き、精度の高い製品を作っていく中で、次第に国立大学の研究室から実験機器の製造などを任されるようになった。ものづくりの現場では一切妥協せず、“匠の技”で数十分の一ミリ単位で製品を加工していく。
「妥協しないものづくりを突き詰めていくと、採算が取れず、経営が圧迫されることも少なくない。それでも、『人さまのために』という会社の理念を従業員一人ひとりが理解し、自分の持てる技術を最大限に駆使して、ものづくりに挑み続けてきた」と安田さんは述懐する。
こうしたなか2014年、取引先の一つだったJAXAから、ある注文が入る。なんと、小惑星探査機「はやぶさ2」の機体を構成する部品の製作だった。
JAXAとの取引が始まったきっかけは、安田製作所製の実験装置を導入していた東京大学航空宇宙工学科の卒業生がJAXAに就職したことにある。「はやぶさ2」の開発に当たり、技術力の高さへの信頼と、長年の実績から「安田さんに頼んでみては」と提案したという。
依頼を受けた安田製作所では、宇宙空間で活動する機体に求められる、厳しい諸条件をクリアする部品へと仕上げた。その部品は「はやぶさ2」の動力を生み出すイオンエンジンのノズル部分に使われたという。
納品から数年経った20年12月、「はやぶさ2」が地球に無事帰還。それから1年後、JAXAから感謝状が届くと、安田さんをはじめ従業員一同は、これまで経験したことのないほどの大きな達成感を味わったという。
「町工場のものづくりの技術が、6年にわたる宇宙への旅に役立ったことが何よりもうれしかった。人類の未来を切り開く『はやぶさ2プロジェクト』に、一部でも関わることができて光栄に思う」
信仰者として“第二の人生”へ
1年前、安田さんは従業員の高齢化により、今後の事業継続が困難と判断し、22年10月末で会社を畳む決断を下した。
そのとき胸に込み上げてきたのは、従業員への感謝の思いだったという。
「彼らのような真の職人と仕事に向き合えたことは、このうえない喜びだった」
従業員の一人で、53年間にわたり主に溶接を担当した松村芳雄さん(72歳・南前橋分教会役員・前橋市)は「歴代社長が信仰を第一とする態勢を整えてくださったおかげで、安心して仕事を続けられた」と振り返る。信仰初代の松村さんは、安田さんの従妹との結婚を機に入信。以後、修養科を志願し、教会の月次祭に欠かさず参拝するなど、熱心に信仰を求めながら仕事に打ち込んできた。
松村さんは「退職後の“第二の人生”でも、安田製作所で培った精神を忘れることなく、これまで支えてくださった教会の方々に恩返しをしたい」と話す。
安田製作所には、10月末まで目いっぱいの注文が入っている。製品は、大学の研究室などで今後も最先端技術の研究・開発の一端を担っていく。
安田さんは「常に人さまに喜んでもらうことを考えて通れば、やがて自分自身もたすかっていくということを実感した。これからは一人の信仰者として、教えを胸に働く中で得た“気づき”を、少しでも多くの人に伝えていきたい」と語った。
(群馬・冨澤社友情報提供)
コラム – 真空ポンプ
容器内の気体を外に吸い出して、真空状態(低圧状態)を作り出す装置。半導体の製造や、人工衛星の耐久試験など、真空状態を必要とするさまざまな分野で使用されている。
文=久保加津真
写真=根津朝也