第28話 暗い森のなかで – ふたり
子どもを探していた両親は、夕暮れ間近の神社でわが子を発見した。手にキツネのお面を持っている。神社の柱に掛かっていたという。一人の幼児が一緒だった。この子については、「救出」と言ったほうがいいかもしれない。泣きながら走ってきた子は、たどり着くなり、ぐったりしてしまった。
母親は携帯電話で子どもが見つかったことをのぶ代さんに報せた。電話でのやりとりから、一緒にいた幼児が「えほんの郷」の子であることがわかった。様子がおかしいことを告げると、のぶ代さんと保苅青年が駆けつけてきた。
その夜、新太は病院のベッドで浅い眠りを漂いながら夢を見ていた。暗い森のなかを歩いている。いつのまに暮れたのだろう。気がついたときには、あたりはびっくりするほど暗くなっていた。帰り道がわからない。迷ってしまったらしい。月が出ているから大丈夫だと思ったが、その光は森のなかまでは届かない。
木立の奥に何かいた。じっとこっちを見ている。キツネかもしれない。いや、キツネはお面だ。お面を被った子どもが追いかけてきたのだ。どうしてあんなことをしたのだろう? おどかすつもりだったのだろうか。悪い子は、両親にうんと叱ってもらうといい。
イタチかもしれない。新太はイタチという動物のことは知っていたが、実際に見たことはなかった。農場の鶏がイタチに襲われたことがある。新太が小屋にやって来たときには、殺された鶏はすでに処分されており、彼が見たのは小屋のなかに散乱している羽だけだった。それでもイタチが凶悪な動物であることは理解できた。
いま彼を待ち構えている相手は一匹ではない。何匹もいる。数えようとすると、どんどん増えていく。集まってきているのだ。なんのために? 森に迷い込んだ子どもを襲うために違いない。これぞ恐怖だった。いままで出会ったことのない本物の恐怖だ。声を上げそうになるが、なんとかがまんした。声を出すと襲ってきそうな気がした。
ゆっくりと回れ右をして、来た道を引き返しはじめた。否が応でも足取りは速くなる。とうとう駆けだした。小屋中に散らばった鶏の羽が脳裏に浮かんだ。あんな目に遭うのはまっぴらだ。どうしてこんなところへ来てしまったのだろう。
後悔しても遅い。いまは逃げ延びることだけを考えよう。動物たちは追ってくる。だが襲ってはこない。やっぱり仲間が集まるのを待っているのだろうか。充分な数になったところで、一斉に襲ってくるつもりかもしれない。
新太は駆けつづけた。心臓が苦しかった。息ができない。気を失ってしまいそうだ。そうして夢のなかで彼は本当に気を失った。
作/片山恭一 画/リン