憧れの星、大谷翔平 – 手嶋龍一のグローバルアイ4
『銀河鉄道の夜』――この作品が生まれた岩手県花巻は、宮沢賢治と大谷翔平のふるさとだ。花巻東高校から日本ハム・ファイターズを経てメジャーリーグ、エンゼルス入りした大谷翔平はいま、日米の少年少女にとって憧れの星になった。
私はかつてアメリカ東海岸で十数年を過ごしたが、彼の地の子供たちは球技がほんとうに好きだった。ボストンでは引っ越したその日に近所の子供たちが押しかけてきて、彼らが神のように崇めるプロ・バスケット・チーム「セルティックス」のどの選手が好きかと質問攻めにあった。たちまち意気投合し、フェンウェイ・パークに地元野球チーム「レッドソックス」の応援に出かけた。イチローは彼らの好敵手だったが、皆のお気に入りだった。「イチローは日本人だぜ」と教えようとしたが、「彼はアメリカ人だ」と頑として聞き入れなかった。
投打の二刀流として活躍する大谷翔平は、野茂英雄やイチローを超えてアメリカの少年少女にとって特別な存在になりつつあると思う。早くも33本のホームランを放ち、投手としても4勝を挙げ、オールスター・ゲームに史上初めて二刀流で選ばれたが、それだけが理由ではない。大谷翔平というプレーヤーの全人格に尊敬のまなざしが注がれている。球場の塵をさりげなく拾い、折れたバットを相手にそっと手渡し、ぶつかりそうになった審判をいたわってみせる。そんな大谷翔平の後ろ姿が、この国の若者の心を惹きつけてやまないのである。
将来こんな選手になりたい――。花巻で野球少年として過ごしていた頃、大谷翔平は日々のノートに目指すべき目標をはっきりと綴っていた。投打の二刀流も、メジャーリーグでの活躍も、あるべき人間像も、すでにそのノートに記されており、ひたむきにその目標を追い求めてきたのである。
ひとりでは世界を変えられない。だが、たったひとり、大谷翔平の存在が多くの子供たちを衝き動かし、それが混迷したいまの世界を変えるきっかけになるかもしれない。
手嶋龍一
外交ジャーナリスト・作家。NHKワシントン支局長として9・11テロ事件の連続中継を担当。代表作に『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』、『外交敗戦』、最新作に『鳴かずのカッコウ』など多数。