ヒューマンスペシャル – 異色の転身果たした 角居勝彦さん
競馬界から引退し、布教師として“信仰の感激”を味わえる道を歩みたい――。
JRA(日本中央競馬会)調教師として、5度の年間最多賞金獲得に輝くなど、競馬界にその名を轟かせた角居勝彦さん(57歳・鹿島大教会大輪布教所ようぼく・石川県輪島市)。牝馬として史上3頭目のダービー馬に輝き、GⅠレース通算7勝を挙げた名馬・ウオッカをはじめ、多くの優秀な競走馬を育て上げた競馬界きってのホースマンは、今年2月をもって調教師を勇退。と同時に、お道の布教師として“第二の人生”の一歩を踏み出した。
現在、地元・石川で布教所の御用をつとめながら知人夫婦のおたすけに励むとともに、おぢば帰りの際には、JR奈良駅前で路傍講演やリーフレット配りなどに勤しんでいる。
また、引退した競走馬や乗用馬に新たな居場所を提供する活動を通じて、石川県珠洲市で馬を介して人とのつながりをつくる場を設けるなど、自らの経歴を生かした取り組みにも尽力している。
調教師から布教師へ――。華々しい世界から異色の転身を果たした角居さんの思いに迫る。
すみい・かつひこ
1964年、石川県生まれ。調教助手、厩務員を経て2000年、調教師の資格を取得。デルタブルースでGⅠ初制覇。ウオッカ、カネヒキリ、ヴィクトワールピサ、エピファネイア、キセキなど、多くの名馬を育てる。最多賞金獲得調教師を5度獲得。21年2月、調教師を引退。お道の布教師として“第二の人生”を歩みながら、調教師時代の経験を生かして「サンクスホースプラットホーム」活動に取り組んでいる。
下記URLから、JRA調教師時代の角居さんを取り上げた『すきっと』第30号の記事が読めます。
https://doyusha.jp/jiho-plus/pdf/20211006_human.pdf
“信仰の感激”味わえる道へ
「人間の体は神様からのかりものであり、心一つが我がのものであります」
7月某日。炎天下のJR奈良駅前で路傍講演に立つ角居さんの声が響く。はっぴをまとい、拡声器を使って「かしもの・かりもの」の教えを説く。時折、少し間を置いて言葉を選びながら、駅周辺の歩行者に語りかける。
◇
調教師を引退し、布教師の道を志したとき、「果たして私に、にをいがけ・おたすけができるだろうか」と不安を感じた。まずは“先輩布教師”の胸を借りようと、村田幸喜・本部直属満洲眞勇分教会長を頼り、同教会のにをいがけ実動に参加した。
「お道の教えを胸に調教師として勤める中で、数々のご守護を頂いてきた。いまは布教師としての御用を通じて、親神様の存在を目いっぱい感じている」
勝利以上の喜びを知る
鹿島大教会の役員子弟として生まれ、幼少から教会行事や「こどもおぢばがえり」などで教えにふれてきた。高校時代には石川教区学生会の委員長を務めた。
卒業後、就職するか、祖母が設立した布教所で住み込み青年としてつとめるか悩んだが、動物に関わる仕事がしたいと、父・実敏さん(故人)の紹介でようぼくが経営する北海道の牧場に就職することになった。
就職に先立ち、修養科を志願。教会長資格検定講習会前期・後期も受講した。
牧場では3年にわたって“馬づくり”の一環を学んだ。その後、調教師を目指してJRAの競馬学校へ。卒業後、栗東トレーニングセンター(滋賀県)の厩舎で本格的に調教の道へ進んだ。
調教師の見習い時代、従業員同士のいがみ合いや嫉妬など、人間関係の難しさに直面。勝負の世界の厳しさも痛感した。
そんななか、ほかの人の作業を進んで手伝う従業員がいた。彼の元には常に仲間がいて、馬はよく調教され、レースに勝利した。
こうした経験を通じて、あらためて教えの素晴らしさを実感。自身の厩舎を開業してからは、「one for all, all for one(一人はみんなのために、みんなは一人のために)」を合言葉に、たすけ合いの大切さを従業員に伝えた。
「互いを思いやる中で、厩舎の雰囲気が良くなり、結果として強い馬に仕上がっていった。お道の教えは、どんな分野にも通じると確信した」と述懐する。
こうしたなか、生後すぐに厩舎に迎え入れた競走馬・ウオッカが東京優駿(=日本ダービー、GⅠ)で勝利。牝馬として史上3頭目の快挙を達成すると、その後もウオッカは次々と GⅠレースを制していく。
自ら育てた馬が勝つことはうれしかった。だが、それ以上の大きな喜びを知った。それは歴史上、稀に見る活躍を続けるウオッカの走りに、多くの競馬ファンが感動する姿を目の当たりにしたことだった。
「 GⅠレースに勝ったことよりも、ウオッカの走りを見た多くの人が感動してくださったことに、これまでにない感動を覚えた。人さまに喜んでいただくことが、何よりも自分の喜びになる。これは、教祖の教えに通じると感じた」
自身の役割を見つけて
一方で、勝てなかった馬や、けがで引退を余儀なくされた多くの馬を見てきた。当時こうした馬は、殺処分されるか食用になった。
「馬も命ある生き物。引退した馬に、ほかの役割を与えて余生を守りたい」
こうした思いを抱えていたとき、動物介在療法の一つである「ホースセラピー」を知り、「長年、馬と関わってきた私にとっての、新たな役割が見つかった」(コラム参照)。
平成25年、「ホースコミュニティ」という団体を立ち上げ、「サンクスホースプロジェクト」事業を展開。ホースセラピー用馬や乗用馬などになるためのリトレーニング支援をしながら、受け入れ先とのパイプ役も務めた。
「ホースセラピーを通じて、精神疾患のある子供の表情がだんだんと明るくなっていく様子などを伝え聞いたとき、自身の活動が人のたすかりにつながっていることを実感した」
◇
こうして競馬界の内外で華々しい活躍を続ける間も、布教所の月次祭に参拝した。父・実敏さんが緑内障を患ってからは、角居さんが祭文作成や祭典後の講話を担当。あらためて教理を学ぼうと、教義書を買い求め、教えの理解を深めた。
そんななか、布教所につながる信者の多くが高齢となり、「いずれ布教所に戻って、これまで布教所を支えてきてくださった人たちの恩に報いたい」との思いが募った。
同じころ、調教師としての進退に考えを巡らせるように。周囲からは、さらなる活躍に期待が寄せられる一方で、「調教師としては限界を感じていた」。また、従業員の今後を思い、自身のやり方以外にさまざまなことを吸収する機会を持ってほしいと考えるようになった。
「調教師として勤める中で、『人さまのために』と思う心に親神様がお働きくださるたびに、私自身の心が大きく動かされた。今後は布教師として、信仰の感激をもっと味わえる道を歩みたい」
こうして3年前、厩舎の解散を決意。多くのファンに惜しまれつつ、今年2月に引退した。
経験を生かし“馬と共に”
引退表明の直後、かねて親交があった講談師の吉松洋一郎さん(48歳)から、妻が「脳腫瘍」と診断されたことを打ち明けられた。病状は悪化する一方で、医者も手がつけられない状態だという。
布教師を志して間もない相談に、親神様・教祖のお導きを感じた角居さんは、「天理教では人をたすけてわが身たすかると教えられる。一緒に人だすけの道を通らないか」と提案。日を合わせておぢばへ帰り、初席を運ぶ世話取りをした。さらに昨年、滋賀県栗東市の自宅からおぢばまで80キロの道のりを単身で徒歩帰参し、本部神殿で身上のたすかりを願った。
こうした角居さんの信仰姿勢に感銘を受けた吉松さんは現在、夫婦で別席を運んでいる。
また、自らの経験を生かして“馬と共に歩む取り組み”にも着手。「サンクスホースプロジェクト」を「サンクスホースプラットホーム」と改め、行き場のない馬の居場所として、石川県珠洲市の集落に厩舎を建て、馬を介して人とつながる場をつくることを目指している。
◇
「こんにちは、天理教の布教師です。よかったら読んでください」
吉松さんが路傍講演をする傍らで、通行人に頭を下げ、リーフレットを手渡す。
「いまも街頭に立つのは緊張するし、一人でにをいがけができるほどの勇気は、まだない。しかし、自分にできるにをいがけ・おたすけを模索しながら、“信仰の感激”を味わう道を通りたい」
当面の目標は、布教所に住み込む青年と共に能登半島内の住宅を北端から全軒戸別訪問すること。親神様・教祖に導かれて歩む、角居布教師の新たな道は始まったばかり。
URLから、角居さんのにをいがけの様子などをご覧いただけます。
https://doyusha.jp/jiho-plus/redirect/20211006_humansp/
文・動画=加見理一
コラム – ホースセラピー
「ホース・アシステッドセラピー(=ホースセラピー)」は動物介在療法の一種。乗馬や飼育体験など馬との触れ合いによって、精神状態や運動機能を向上させる効果が期待されることから、近年、障害者や精神疾患を抱える人へのリハビリテーションの方法として注目されている。天理大学馬術部でも、昨年8月からホースセラピーの活動をスタート。同部の外部コーチを務める角居さんは、毎月のおぢば帰りの際に同部へ赴き、馬の健康状態の確認や部員への指導を行っている。