対中国包囲網の時代 – 手嶋龍一のグローバルアイ6
この年の秋は「海洋強国」を呼号する中国を封じる包囲網が相次いで出現した――後世の歴史に2021年の9月は、そう記されることになるだろう。
まず9月なかば、アメリカ・イギリス・オーストラリアは、新たな三国の軍事同盟「AUKUS」を結成した。その狙いは、海洋強国、中国が、南シナ海の島々は自国領だと言い張り、太平洋全域に迫り出そうとするのを阻む軍事的連携にほかならない。「AUKUS」同盟の象徴的なプロジェクトとして、三国は8隻の原子力潜水艦を建造し、オーストラリア海軍に配備する計画を明らかにした。この決定を受けて、オーストラリア政府は、フランスに発注していた通常型原子力潜水艦の建造計画を破棄すると通告し、フランス政府を激怒させてしまった。それだけ中国の脅威が差し迫っていると判断したのだろう。
新しい三国同盟の結成を見届けた中国は、TPP(環太平洋連携協定)への参加を表明した。アジア・太平洋地域にモノとヒトの自由な交流を実現するTPPに名乗りをあげたのである。トランプ政権が離脱したため「アメリカなきTPP」として船出した隙を衝いて、「中国を主役とするTPP」を目指そうというのだろう。最近の中国の戦略眼の冴えを窺わせて興味深い。
だが、東アジアに持ちあがった国際政治のドラマは、これで終わらなかった。今度は台湾がTPPへ参加する意向を明らかにした。中国が先にTPPのメンバーになってしまえば、台湾が加わる芽は摘まれてしまう。新規の加入を認めるには、全会一致を原則とするからだ。日本とアメリカは、台湾のTPP加入を支持して対中国包囲網としたい意向だ。だが、中国の参加を阻止しても、「アメリカなきTPP」では対中国戦略には大きな穴があいたままになってしまう。
バイデン大統領は、先の大統領選で錆びついた工業地帯の白人労働者の助けを借りて辛くも当選した。それだけにTPPに反対する彼らの票の行方が気がかりなのだろう。日本の新しい総理は、「TPPに復帰してアジアに軸足を」とアメリカを説得する重い責務を担っている。
手嶋龍一
外交ジャーナリスト・作家。NHKワシントン支局長として9・11テロ事件の連続中継を担当。代表作に『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・サバイバル』、『外交敗戦』、最新作に『鳴かずのカッコウ』など多数。