第8回「天に届く理」- おことばに導かれて
2026・3/25号を見る
【AI音声対象記事】
スタンダードプランで視聴できます。
第19期 読者モニターアンケート企画
『稿本天理教教祖伝』や同『逸話篇』に収められている教祖のお言葉を題材に、教えの大切さに気づいた体験などについて、読者モニターが“お言葉に導かれた”と感じたエピソードを語るコーナー「おことばに導かれて」。第8回は「天に届く理」(『逸話篇』144「天に届く理」)。教祖の道具衆であるようぼくお互いは、どんなつらいことや嫌なことがあっても不足せず、何をするときでも結構と喜んで日々を通らせていただくことが肝心である。そこで今回は、「天に届く理」とのお言葉にまつわるエピソードを読者モニターに寄せてもらった。
仲間の言動に心動かされ
田中一慶さん
40歳・美濃福富分教会長・岐阜市
「おやさとふしん青年会ひのきしん隊」の世話班を、3年間務めました。世話班は、入隊する皆さんのお世話取りをする御用です。その中で、同じ世話班の仲間の言動を通じて、心を動かされることが多々ありました。
その一つがトイレ掃除をする姿です。朝の出動前に全員で宿舎を掃除する際、世話班は宿舎1階で担当場所などを決めずに、それぞれが自主的に清掃します。
定刻に私がトイレ掃除をしようと向かうと、いつも必ず先にトイレ掃除に励む仲間たちの姿がありました。勇んだ表情で、丁寧に便器を磨き、床や壁をきれいに拭き上げる仲間たち――。先人が遺してくださった姿があるからこそ、いまを生きる私たちも喜び勇んでトイレ掃除に取り組むことができるのだと感じました。
親神様からの“ご褒美”と捉え
内田滋さん
78歳・東興道分教会教人・天理市
以前住んでいた地域で、町内会の役を数回務めました。当地では過去5年間に役を務めていない人がくじを引き、翌年の役員を決めるのが慣習でした。当たりを引いた人たちが、会長や会計、庶務など、どの役を担当するのか話し合って決めます。できるだけ楽ができそうな役を希望する人が少なくないなか、私は『逸話篇』の先人の姿を思い出し、希望者がいない役職を引き受けました。
おかげで会計を任されたときは町内のお金の流れを詳しく知ることができました。また、会長を務めたときは地域の諸団体とのつながりや新たな人と交流する機会を得ました。これらの経験は、人が避けたり嫌がったりする仕事を素直に引き受けたことへの親神様からの“ご褒美”と捉え、喜んでいます。
教えを心の支えに前へ進む
山本健児さん
58歳・神加分教会ようぼく・神戸市
大学卒業後、物流会社に就職しました。大学で会計を学んだことから、本社の管理部門で働けると考えていましたが、配属されたのは現場の倉庫。毎日60キロのプリンターを運ぶのが、私の仕事でした。
当時は「管理系の勉強を頑張ってきたのに、なぜこのような仕事をしなければならないのか」と不足に思っていました。しかし、これにも親神様の深い思召があるに違いないと思い直し、汗を振り絞って目の前の仕事に邁進しました。
10年が経ったころ、本社の管理部門に異動しました。当時の管理部門で、10年以上現場を経験した従業員は私だけでした。そのため、現場の考え方や実情を伝えて会社に貢献することができたように思います。
どんなにつらい出来事も、すべては親神様が私のためにご用意くださったことと、教えを心の支えに粛々と前へ進むことの大切さを学んだ経験です。
「20年前の感激をもう一度味わい
大塚徹さん
68歳・櫻地分教会ようぼく・奈良県香芝市
20年前に受講した「三日講習会」で、「天に届く理」の逸話を題材とする劇を演じる時間があり、私は鴻田忠三郎先生の役を演じました。
当時の日記を引っ張り出して読み返すと、そこには「どんなつらいことや嫌なことも神様の御用と思ってすること」と記していました。しかし、いつの間にか当時の感激は薄らぎ、知らず知らずのうちに、自分の思い通りにならないことがあると不足することが増えていました。
日記には「鴻田忠三郎先生を演じた余韻がまだ残っている」とも書いています。日記を読み返したおかげで、20年前の感激をもう一度味わうことができました。「三日講習会」の学びを無駄にしないよう、「天に届く理」を心に治め、何事にも喜んで取り組んでいこうと思います。
母の姿から人だすけの喜びを知り
川島君子さん
81歳・龍分教会ようぼく・神奈川県横須賀市
教会長夫人だった母は、信者さん宅を訪ねて帰ってくるたびに、「食欲がなかったAさんにおかゆを炊いて喜んでもらった」「Bさんに肩揉みをしてあげて喜ばれた」などと、うれしそうに話していました。
そんな母の姿を見て育った私は、自分も人さまに喜んでもらえる仕事に就きたいと思い、看護師になりました。
母が、教祖が教えてくださった「かしもの・かりもの」や「十全の守護」を常に心に置き、人さまにたすかっていただこうと頑張っていたように、私も、患者さんの排泄のお世話のときはくもよみのみことのご守護に感謝したり、清拭をした後は「気持ち良くなりましたね」と声をかけたりして、人さまに喜んでいただきたい一心で通ってきました。
物心ついたころから親神様のご守護と人だすけの喜びについて語ってくれた母に、感謝の気持ちでいっぱいです。
ココロ整う My Routine
日参代わりのはがき
生駒優子さん
56歳・名愛分教会ようぼく・名古屋市
毎日、教会あてにはがきを書いています。所属教会が自宅から離れているので、日参の代わりにはがきを書くことを思いついたのです。
最初は日記のような内容でしたが、いつしか神様へのお礼を書くように。たとえば「サクラがきれいに咲いていました。美しいものをお見せいただき、ありがとうございます」「職場で皆さんに親切にしていただいています。ありがとうございます」などです。どんなささいなことでも、一日に一つ感謝の言葉を書きます。
ややもすると、他人の悪いところが目につきがちですが、一日の終わりに、その日あったことを思い出し、感謝することで、気持ちがすっと落ち着きます。
この一行をあの人に
2月18日号から3月11日号までの紙面の中から、読者モニターが、「あの人に読んでほしい」と思ったオススメ記事を紹介する。
特別企画 “サクラの名所”春の親里へ
(立教189年3月11日号8面)
写真を撮ることが好きな友人に勧めたい。インスタグラムなどでサクラの写真を頻繁に見るが、おぢばほどサクラ並木がきれいな場所はないと思う。今年の春は友人を連れて帰参し、親里の景色をカメラに収めたい。(30代女性)
サクラが咲き始める季節になってきた。おやさとやかた東棟前のシダレザクラをはじめ、さまざまなサクラが少しずつ時間をずらしながら咲き誇る画は荘厳だ。教会による団参の引率者や布教師の皆さんに読んでもらい、信者さんや未信仰の人におぢば帰りを促す“ツール(道具)”として活用してほしい。(60代男性)







