天理時報2024年7月3日号3面
【創立130周年記念祭 – 東肥大教会】東肥大教会(小森正一会長・熊本市)は5月19日、中山大亮様、中山はるえ様を迎え、創立130周年記念祭を執り行った。同大教会では、記念祭に向けて「つとめ一条・さづけ一条」の活動方針のもと、実践項目を定めて歩みを進めてきた。迎えた記念祭当日。国内はもとよりブラジル、ハワイ、台湾からも多くの教友が集まった。最初に真柱様のメッセージを、大亮様が代読。続いて、陽気に勇んでおつとめを勤めた。おつとめの後、小森会長は、大亮様、はるえ様にお礼申し上げ、記念祭を吉祥に仕切り直して、教祖140年祭に向かう残りの期間の活動が、さらに充実するよう励むことを参拝者と共に誓った。祭典後、演芸会場と模擬店会場は大いににぎわった。(東肥大・怒留湯社友), 【秦野大教会長に飯田一成氏 – 新任】6月26日のお運びで、秦野大教会(神奈川県秦野市)の8代会長に飯田一成氏(39歳)がお許しを頂いた。【飯田氏略歴】昭和60年1月27日生まれ。平成22年本部青年。25年青年会本部実行部員。就任奉告祭は9月1日。, 【県内初の里親支援センターが開所 – 社会福祉法人天理】県内初の里親支援センターとして「里親センターなら」が開所した(6月16日、天理市の社会福祉法人天理で)社会福祉法人天理(板倉知幸理事長)は6月16日、「里親センターなら」(本山雅巳所長)の開所セレモニーを挙行。県内の児童福祉関係者など114人が参加した。同所は、令和4年の児童福祉法の一部改正を受け、これまで「児童家庭支援センターてんり」が担ってきた「奈良県委託里親支援事業」を引き継ぎ、里親制度の普及促進、里親養育の担い手の育成、里親家庭の訪問支援など、里親に関するさまざまな支援事業を包括的に行う奈良県内初の「里親支援センター」として開設されたもの。当日は、板倉理事長が式辞に立った。その中で「まだまだ支援を必要とする子供は多く、里親が社会的に求められている。これからも当法人とセンターの職員で、里親活動を精いっぱいお手伝いさせていただきたい」と述べた。この後、テープカットが行われ、懇親会では和太鼓やバルーンアートの実演などが行われた。, 【妻が浪費をやめない – 人生相談】Q. 妻がよく物を衝動買いします。先日も健康グッズを購入していましたが、1カ月もしないうちに飽きて、人にあげていました。家には物が増えるし、お金ももったいないです。本人にも伝えるのですが、やめてくれません。どうすればいいでしょうか。(40代男性)A. あなたのパートナーがよく衝動買いをする、つまり、浪費癖に頭を悩ましているのですね。一般に浪費癖になってしまう原因はさまざまですが、一つには自分を取り巻く環境に不安やストレスを感じていて、浪費をすることで解消している場合があります。あなたのパートナーも衝動買いをストレスのはけ口としているのかもしれませんね。夫婦それぞれが自由に使えるお金に関しては、干渉すべきではありません。しかし、家計としてのお金は、物を購入する前にしっかりと相談する必要があることを伝えましょう。また、パートナーが欲しいと主張する物に対して、あなたは「どうせ、すぐに飽きるのに」と頭ごなしに否定するのではなく、まずは相手の興味を持っていることに耳を傾け、共感することが大切です。教祖は「物は大切にしなされや。生かして使いなされや。すべてが、神様からのお与えものやで」(『稿本天理教教祖伝逸話篇』138「物は大切に」)とお教えくださいました。物を粗末に扱っていると、健康で幸福に暮らさせていただくための徳分が無くなっていきます。これを機会にあなたは、これまでの生活を振り返り、パートナーを尊重する会話を心がけましょう。そのうえで「物は生かして使おうね!」と語りかけてください。回答者:岡本宗介(尾道分教会長), 【喜びを探し求め日々通る中に – 視点】中山善衞・三代真柱様がお出直しになり、早くも10年が経つ。祥月命日である6月24日、教会本部で十年祭が勤められた。「教会内容の充実」は、一貫して強調されたことである。神殿講話で「教会内容の充実は私の悲願」と話されたこともある。かつて三代真柱様は、教会内容の充実を目指すうえでの心がけについて、次のように述べられた。「どう働けば人に喜んでもらえるか、同時に自分もそれによって、喜びを得させてもらえるか。また、どう働けば、親神様・教祖に、すなわちをやに喜んでいただくことができるかということを考えて、その働きを精一杯にするということが、言わば教会内容充実を目指す私たちの日々の心構えであると思う」『三代真柱お言葉 教会内容の充実』そして、教会長の心得について、喜びを探しながら通らせてもらうことが大切だとして、次のように話された。「喜びは自分自身が求めなければならないのであります。嬉しい嬉しい心は、自分自身が与えられた姿の中から探さなければ、黙っていて天から降ってくるものではない」(同)日々の嬉しい楽しい心こそが積極的な活動を生み、積極的な活動が積極的な結果を得ることにつながっていく、と言われたのである。三代真柱様は、お若いときから津々浦々の教会へ巡教に回られた。たすけ委員長としての、また教区修理人としての教会巡教を合わせると、その数は優に2千カ所を超える。その各所で、寄り集った人々と膝をつき合わせて語り合い、教祖の教えを、そのひながたを説き続けられた。いま、そのお言葉を読み返すと、どのお言葉も、教祖ひながたの道を素直に歩んでもらいたいという親心にあふれている。聞き手が少しでも理解できるようにと、平易に嚙みくだき、言葉を変え、表現を工夫して話されている。その奥には、前述のお言葉のように、自ら親神様・教祖の思召を求め、喜びを求めて通られた日々の積み重ねがあったのではないか。在りし日のお優しい笑顔が懐かしく思い起こされる。(山澤)