天理時報2024年5月1日号3面
【培ってきたことを生かして – この旬に一歩成人】中村道裕さん(30歳・明保分教会長後継者・奈良県橿原市) 一昨年から大教会の学生担当委員会のスタッフとして、教祖140年祭に向けた行事の企画・運営に携わっている。また、個人としての三年千日の心定めに、「できる限りのおたすけをさせてもらう」を掲げている。大学2年生のとき、教区学生会の委員長を務めることになった。仲間と共に教えの実践を心がける中で、人さまに喜んでもらうことの有り難さを実感した。教祖130年祭が勤められた年の3月、学生会のおぢば帰り団参の実行委員長として多忙な日々を送るなか、運転中に居眠りをしてしまい、停車中の無人のトラックに衝突する事故を起こした。幸い、事故の直前に目が覚めて、すぐにハンドルを切ったため、軽いけがで済んだ。危うく命がなかったところを、大難を小難にご守護いただいた。これ以降、「自分にできることを通じて、ご恩報じを」との思いで、心新たに御用に向き合うようになった。大学卒業後は、教区学生担当委員会の委員として育成や伝道に関わる者の基本姿勢を学んだ。前回の年祭活動はとにかく必死で、目の前の御用に追われる日々だった。このたびの三年千日では、これまで培ってきたことを生かし、できる限りのおたすけに努め、親神様・教祖にお喜びいただけるよう成人させてもらいたい。, 【義母に家事をしてほしくない – 人生相談】Q. 同居する義母に、家事をしてほしくありません。自分ができていないと責められているように感じるので、「やめてほしい」と伝えましたが、いまも続けています。夫に相談しても取り合ってくれません。どうすればいいでしょうか。(40代女性)A. 結婚すると、これまで二人だった親が四人に。気心の知れない義父母とうまく関係を保っていくのは、骨の折れることかもしれません。それは別々に暮らしていても、それなりにあるものだと思います。さて、お義母さんに家事をしてほしくないようですが、自分はきちんと家事をこなしているのに、という自負があるのでしょう。また、何度伝えても聞いてもらえないことに苛立ちが募っているのですね。頼みの綱はご主人ですが、なかなかうまくいきませんね。ところで、あなたが同居するまでは、家のことはお義母さんがされていたのだと思います。想像ですが、お義母さんも、いまのあなたのような葛藤を乗り越える日々だったのかもしれませんよ。これからはあなたが引き継いでいくのですから、あなたなりの家事であっていいと思います。ただ私が思うのは、家事とは炊事や洗濯だけではなく、家の中を温かく治めて、家族みんなが幸せだと感じる日々を重ねていくことではないでしょうか。「皆んな勇ましてこそ、真の陽気という。めん/\楽しんで、後々の者苦しますようでは、ほんとの陽気とは言えん」(おさしづ明治30年12月11日)。聡明なあなたのこと、もう一度考えて、お義母さんと話し合ってみませんか。回答者:吉福多恵子(濃飛分教会前会長夫人), 【発売に先立ち試写会 4Kリマスター版『けっこう源さん』- 道友社】既報の通り、道友社(諸井道隆社長)はこのたび劇映画「道の先人シリーズ」第1作『けっこう源さん』を4Kリマスター化。本作のBlu-rayを、5月下旬から発売する。これに先立ち、4月18日午後、親里で先行試写会を開いた。「道の先人シリーズ」は、昭和53年から61年にかけて全7作を制作。第1作『けっこう源さん』は、河原町大教会初代会長・深谷源次郎の半生を描いたもの。当日は、道友社本社6階とおやさと書店店舗西側の休憩スペースで、それぞれ試写会を実施。集まった人々は、高画質かつクリアな音質で蘇った本作を観賞した。4Kリマスター版『けっこう源さん』は、定価3,850円(税込)。問い合わせは、道友社業務課書籍販売係まで。TEL:0743-62-5388こちらから本作のピーアール動画がご覧になれますhttps://youtu.be/mZNUe5CcUOA?si=6I-KNo3mAAm7WM7o, 【「親ガチャ」と嘆く若者へ – 視点】ここ数年、「親ガチャ」という言葉を見聞きする。何が当たるか分からないカプセルトイ(ガチャ)のように、どの親のもとに生まれるかは偶然の産物であるにもかかわらず、それによって、その後の人生が決まってしまうという絶望や厭世観を表す流行語だ。もともとは家庭内で虐待された経験を持つ人たちの間で使われていたが、経済的格差の拡大と固定化が進む現実を嘆く若者たちの間で定着した。こうした宿命論的な絶望感を抱く若者にとって、人生は自分の力で変えられるといった安易な励ましは心に響かない。むしろ、まずは彼らの悩みに耳を傾けることが求められるだろう。教祖のひながたは、貧に落ち切るところから始まる。それは、施しによって困窮する人をたすけるだけではない。「貧に落ち切らねば、難儀なる者の味が分からん」と仰せになったように、悩み苦しむ人をたすけるためには、その人の気持ちを分かろうとすること、親身になって接すること、また心を低くすることが大切である。そして、長い貧の道中を通られた後に、おつとめの第一節を教えられ、心のほこりを払い、ひたすら親神様にもたれ、ご守護を祈念することを説かれた。続いて、十二下りのてをどりによって信心の喜びを明かされた。その喜びの最初の発露が一下り目であり、めずらしい肥のさづけを頂戴し、心定めて道を通るならば、いつも豊年満作のご守護が頂けると歌われる。言い換えると、教祖は、食べるに事欠くことが無いような経済的安定をも約束されたのであり、心のほこりを払い、教えに沿った日々を通ることで、必要十分なものが与わることを説かれたと悟れる。このように思案すると、「親ガチャ」と嘆く若者が周囲にいるならば、まずはその声を聞き、寄り添ったうえで、心一つで人生をより良いものへ切り替える道があることを伝えよう。それが、教祖のひながたをたどることにつながる。(三濱), 【合併号のお知らせ(2024年5月15日号・22日号) – 道友社】5月15日号と5月22日号を合併し、5月22日号として発行いたします。5月15日号はお休みとなりますので、ご了承ください。